19話 私たちの事情は表に出せない




 そこで終わってくれればよかったのだけど、勢いがついてしまった千景ちゃんは止まらなさそう。


「付き合っている人がいないってことになれば、絶対に誰か告るよねきっと」


 やっぱり、そこは千景ちゃんも考えたのだろう。


 結果はどうであれ、トライしてみる価値はあるとみんな思ったのかもしれないよね。


 成功すればもちろんハッピーエンド。断られたとして、悲劇のヒロインになるっていうのも道としてはありだもん……。


 でも、こんなことを話題にあげられて、私はどう返せばいい? どこかのタイミングで先生がカミングアウトしてしまうというなら、まだ私が口を出す隙間はあるけれど……。


 そうじゃないと分かった今は、心の中のざわめきをなんとか隠しながら興味がない振りをするしかないんだよ……。



「そうかもしれないけれど、付き合っちゃうって無理なんじゃない? 相手は先生だよ?」


「それはやってみなきゃ分からないでしょ?」


 内心ため息をつきながら、周囲を見回してみても、女子はどうやらその話題で持ちきりという感じだ。


 あぁ、千景ちゃんもきっとそのつもりなんだろうな。


 昨日先生も言っていたとおり、高校生活も2年目に入った慣れというのもあるだろうし、パッと思いつくだけでも、これから卒業まで文化祭・修学旅行・体育祭の大型イベントが残っている。


 だからその分、それぞれのタイミングでチャンスを画策する子は何人もいると思う。


 一見仲良くしているようでも、そういう感情が複雑に絡みあってしまいそうな気もする。


 ただでさえ誰かが付き合い始めたなどという話題には敏感な年頃だもん。


 先生に限って最初からそういう火種を抱え込むことはしないとは思うけれど、恋に盲目となった子たちからのアタックは十分にあると思っていい。


 誰かが引き金を引けば我も我もと始まってしまいかねない。



 しかも先生の担当は現国だから、ほぼ毎日のように授業があるし、担任ならば授業がない日でもホームルームには来る。うちのクラスの子に限って言えば、チャンスというべきか、「担任の先生と話す」機会はいくらでも作れる。


 もう、なんだか私の方が先に折れてしまいそう……。


 最初はこの5組のメンバー構成を見て、残りの高校生活は静かに過ごせるかななんて思っていたけれど、ふたを開けてみればこの大騒ぎ。


 そう、担任の先生なのだから、このクラスの生徒の情報には一番詳しくなるのが自然。


 1年の最後に木原先生が言ってくれたように、私の少し特殊な事情が伝わるのは時間の問題だと思うし、どんなにあの当時から真逆にイメージを変えている私を昨日の時点で気づかなくても、提出してあるプロフィール書類を見れば身元はすぐに割れて、同姓同名の別人物でことはすぐに分かるだろう。


 担任の先生となれば、進路確認も含めた個人面談が何回もあるから、敢えて私から目立つように動く必要はないと思う。


 そうやって時が過ぎていけば、お互い状況も分かってくるだろうし、そのあとのことはそのときに考えればいい……。



 そんなふうに思っていたのに、運命というものは、本当にいたずら好きなんだと放課後に思い知ることになったんだ。



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