17話 嬉しい…けど…、どうすればいいの?




「おはようございます」


「わーっ!!」


 引戸が開くと同時に、女の子たちの歓声があがる。始業式の壇上ではなく、教室となれば距離がぐっと近くなるから顔もよく見える。


 やっぱり本人。間違いない……。


 背丈はあまり変わっていないけれど、そこは3年ぶりだもん、前より大人っぽくなっている。


 当たり前のことなんだけれど、以前よりが離れてしまったように感じられたというのがこのときの印象。


「はい、静かにしてくださいね。今年から峰浜高校でお世話になることになりました、長谷川です。正直なところ、いきなり担任を持ってくださいと校長先生から言われたときにはどうしようかと思いました。逃げるわけには行かないので、今年は皆さんの力を借りてなんとか乗り越えようと思ってます。そんな感じなので、これからよろしくお願いします」


 拍手喝采となった先生の自己紹介のあと、名簿順に簡単に自己紹介をして欲しいって!


 まったく……、なんてことをさせるんだか……。


「次は松本さんですね」


「はい、松本花菜です。部活は文芸部にいます。正直、あまり目立つことは苦手なのですが、よろしくお願いします」


 そう、もうここは冷静に。何も考えずに無難に終わらそう。


 席に座って教卓の方を見ると、やっぱり少し緊張しているようだし、次の名前を呼んで進めているから、この場は無事クリアしたはず。


「さて、それでは全員の自己紹介が終わりましたね」


 先生は教室の前に置いてある教卓のところに立った。


「きっと、1年生の最後で、2年生は中だるみの学年だからしっかり勉強するようにと言われてきたと思いますが、正直そんなものは忘れて欲しいです」


 みんなの顔がぽかんとして先生を見ている


「僕のポリシーですが、2年生というのは高校時代で一番楽しめる学年だと思います。部活も3年生が引退してしまえば、2年生が主役です。僕が教わった限りでは、2年生から3年生はほぼ持ち上がりだとのことです。ですから2年生の文化祭も3年生最初の修学旅行もこのメンバーです」


 たしかにそう。先輩から聞いた限りでは、文理で別れてしまう科目は選択授業方式になって教室を移動した授業。ホームルームはあくまで2年生のクラス分けで卒業までが事実上確定する。


「受験を控えて頭がそちらに行ってしまうこともあるでしょう。ですが必要なときにスイッチが入れられる人の方が本番では強いのです。遊ぶときは思い切り遊んでください。その代わり勉強するときはきちんとしてくださいね。それができている限り、僕は『勉強しろ』と言うつもりはありません」


 もぅ、いきなりなんてこと言ってるの?


 でも、それはお兄ちゃんがあの当時から教えてくれたこと。


 お兄ちゃんは私に常に勉強するようにとは言わなかった。


 遊びに行くと決めたときは、前もって翌日分まで宿題を頑張って、当日は思いっきり1日遊んだ。


 それでちゃんと成績も維持していたんだもん。間違ったことは言っていない。


「長谷川先生、絶対イイ!」


「これまでの先生と違う!」


 その日は係を決めたり教科書を配布したり、午前中はあっという間に過ぎて、放課後になる頃には、先生は新米とは思えないほどクラスに馴染んでしまった。


 仕方ない。だってまだ新卒で新任というなら、年齢だって23歳。今でもあの時と変わらない6歳差だけど、小学生だった当時と比べれば、決して遠く離れているとは言えない年になってきた。


 顔だってイケメンとまではいかなくても、あの物腰の柔らかさと175センチはある身長。人気が出ない方が変だよ。


「先生って独身ですか?」

「彼女とかっているんですか?」


「いきなりそういう質問きますか?」


 ちょっとぉ……、いきなり直球勝負で投げ込んでいるなと思ってしまう。それを聞いて笑って受け流す先生も大変だなぁ。


「…………」


 何だろう。突然心の中に沸き上がってきたモヤモヤは……。


 なんとなくそのシーンを見ていたくなくて、私は新しい教科書で重くなったスクールバックを抱えると、急いで教室を後にしていた。



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