5話 約束を待ち始めた日
私にお父さんはいない。私が小学2年生の時にお仕事中の事故で亡くなってしまった。
あの当時、まだ幼かった私はお葬式というものにあまり理解が出来ていなかったのだと思う。
それからはお母さんが一人で私を育ててくれている。
それでも、一人で鍵っ子としているにはまだ不安も大きかったから、学童保育に預けるような話もあったみたいだけど、お母さんは近所に住んでいたお友達のご厚意に甘えて、
歳にして六つも離れていて、当時はもう中学2年生だった。
事情も分かってくれていたのだろうし、私もお兄ちゃんのお家で本を読んだり、宿題をしながら放課後の時間を過ごしていた。
「花菜ちゃん、ケーキ食べる?」
「いいの?」
いつもおやつを分けてくれたり、宿題で分からないところを聞けば教えてくれた。
このことは教室の誰も知らなかったはず。
放課後で、友達……もしいたらだけど……と遊ぶことも皆無だった私にとって唯一の安心できる場所だった。
最初の頃は言葉こそ少なかったけれど、年下の私のことを見下すこともなく、いつも相手になってくれていた。
風邪の時は帰ってきたお母さんにちゃんと伝えてくれていたし、私が学校をお休みでもお母さんが仕事を休めないときには、学校帰りに寄って看病だけでなく、夕食を作ってくれたり家事をしてくれた。
少しずつ慣れてきて、学校の長期休みの時には一緒に遊園地やプールに連れて行ってくれたこともあった。
お兄ちゃんが高校に入って忙しくなった頃には、私も一人で家事全般がこなせるようになってきて、毎日のような会話は少しずつ無くなってしまったけれど、それでも私のことをよく心配して急いで帰ってきてくれた。私の家にも自然に顔を出してくれて、そんな時は自分で焼いたお菓子などを渡していたっけ。
そんな生活にも終わりがきた。お兄ちゃんが大学生になるタイミングでお家を出ることが決まっていたからだ。
それは聞かされていなかった事だったから、先に相談してほしかった。仮に結果は同じだったとしても、私の心の準備をすることができたのに。
「花菜ちゃんはもっと自信を持っていいんだよ」
「でも……、お兄ちゃんがいなかったら私……」
一人暮らしに出発するお兄ちゃんを、地元の駅まで見送りに行った私。
「花菜ちゃんも今度から中学生だろ? ランドセルの姿はずっと見てきたけれど、中学のセーラー服をたまにしか見られないのが残念だ」
「もぉ、ロリコンっ!」
そんな会話も、私を泣かせないように言ってくれたのだと今だから分かる。
「お兄ちゃん……」
「花菜ちゃん、帰省したときは必ず顔を出すから」
「本当?」
その約束をちゃんと守ってくれて、長期休みだけではなく、週末にもお家に帰るたびに顔を出してくれた。
でも、そんな時間は長く続かなくて。
1年後、今度はお兄ちゃんのお父さんの転勤が決まり、この街に帰ってくることはなくなってしまうのだと。
最後の日、泣きじゃくっていた私の頭を撫でてくれて。そして発車間際のチャイムがホームで響いたとき、お兄ちゃんは、私を抱きしめてくれた。
「必ず迎えにくる。だから、花菜ちゃんも元気でいて……」
「うん、待ってる。約束したからね」
そこまで言い終わったときにドアが閉まる。
私はさっき抱きしめてくれたお兄ちゃんの腕の力を思い出しながら、ホームから電車の走っていった方をいつまでも見ていることしか出来なかった。
そう、まだおぼろげだったけれど「迎えにくる」という言葉の意味を信じて待つ日々はこの
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