「21回目」ってお題を「21」という数字を使わず書いてみた。サキュバスに襲われたけど、ぼくは魅了呪文がきかない体質で、なんだか彼女が可哀想になったので……

半濁天゜

第1話

 ほどよく散らかった自室でゲームをしていると、窓が開く音がした。ここは二階だし何だろ? なんて思うでもなく顔を向けると……、


 紅い瞳の美少女が、背にした窓に、あかい月を従える。艶やかな黒髪と、純白の肌に食いこむ、エッチな黒のボディスーツ。


「さあ、わたしにキスしなさい」


 桜色の唇が、甘く滑らかな声を紡ぐ。大きな真紅の瞳が、噛みつくようにぼくを捕らえて放さない。


 頭の片隅でなにかが叫んでいるけど、意識が痺れてよくわからない。たぎる欲望だけがぼくを動かし、手が、足が、心が、彼女に吸い寄せられていく……。


 ああ、彼女まであと一歩、


パシッ!


 眼前でなにかが弾け、意識が晴れた。


「きゃぁっ!?」


 短い悲鳴をあげ、あとずさる彼女。


魔族耐性アンチ・イービル? 貴方祓魔師エクソシストなの!?」

「ふふふ、その通りだ!」


 なにを言ってるのかよくわからないけど、なんかカッコよさそうなので、思わずノリで答えてしまった。


 すると彼女は大マジに、なにもない空間から三叉みつまたの槍を取りだし身構えるので、


「嘘、嘘、冗談だって! ぼくはただの高校生だから、そんな物騒なものださないで」


 大慌てで本当のことを言う。


 彼女は険しい目で、ぼくのことをみつめてくる。そんな表情もやっぱり可愛い、なんて思っていると、


「そうね。あんたみたいな童貞に、わたしの魅了チャームを破れるわけないわ」


 つぶやく彼女。……じゃあぼくが童貞でない可能性もあるのでは? では?


「さあ、今度こそわたしにかしづき、つま先にキスしなさい」


 さっきより命令ひどくない? なんて思う間に、意識が濁り、頭が欲望で埋め尽くされる……。


 ああ、彼女まであと一歩……。


パシッ!


 ぼくたちの間でなにかが弾け、思考が戻る。


「もう! なんなのよこれ!」


 綺麗な眉根を寄せて、彼女がぼくをにらみつける。まあ、そんな顔をされても眼福なだけだけど。


「やっぱり魔族耐性アンチ・イービルあるじゃない! なんで卒業試験に限ってあんたみたいな外れクジを引いちゃうのよぉ!」

「ぼくはなにもしてないし、よくわからないけど……。再試とか追試とか? で他の人のところにいく、とか?」

「あんたみたいな童貞に尻尾巻いたら、いい笑いものよ!」


 少し涙目になりながら毒づく彼女。感受性の高いぼくまでちょっと悲しくなる……。なんでぼくが童貞だと決めつけるのかな?


「いいわよ。呪文が効かないなら、体で落としてあげるんだから」


 なんて、けしからんことを言い、彼女がぼくの背後に回る。


「ナニヲスルンダ、ヤメロー」


 ……抵抗もむなしく、彼女の手がぼくの首に回されて、


 ぎゅうぅぅ。背中を柔らかな弾力が圧迫する! おぉぉう!?


 すずらんの花の香りに、思わず鼻息が荒くなる。


「ねぇ、もっとイイコトさせてあげてもいいのよ?」


 耳をくすぐる熱い吐息、甘く可愛い声が、脳を溶かして……、


「クソウ、アクマメー」

「ふふ、悪魔は悪魔だけど、わたしは淫魔サキュバスのリリーよ」

「あ、ぼくは人間の寛人ひろとです。……カラダハ ユルシテモ ココロハ ユルサナイゾー」

「そう、ならせいぜい抵抗してよね」


 リリーの細い指にあごを掴まれ、彼女のほうを向かされる。桜色の、柔らかに湿る唇が、ぼくの唇に迫……


パシッ!


 また、二人の間でなにかが弾けた。


「もう! 呪文は使ってないでしょう!?」

「誰だよ、いいところで邪魔すんなよ!」


「えっ?」

「あっ……」


 思わず本音が零れ、気まずい時間が流れる……。


「そっ、そうよ、わたしの魅力に抗える人間なんていないんだからっ!」


 リリーが先に立ち直り、再びぼくに魔の手を伸ばす……。





「サキュバスの、乙女のプライドがボロボロよ」


 涙をにじませリリーが膝を抱えている。もう何回、なぞの力に阻まれたかわからない。


 実際、虜にされたら酷い目にあわされるんだろうけど、なんだか少し可哀想。負けん気の強い子が落ちこんでいると、慰めてあげたいような、ちょっと悪戯したくなるような……。


 そんな心を抑えられず、リリーに近づき、ほっぺたをつんつんとつついてみる。リリーが恨みがましい目でみてくるけど、文句を言う気力はないらしい。


「なんとなくなんだけど……。いま、ぼくは君の頬をさわれただろ。籠絡してやるとか、下僕にしてやるとか、悪意がなければ邪魔されない、かもしれない」


「ぐすっ、なんでそんなこと教えてくれるのよ?」

「形だけでもキスしたら、とりあえず試験は合格なんだろ。それでぼくの魂を諦めてくれるなら、悪い話でもないし」


 っていうか、是非ともお願いしたいくらいだ、色んな意味で。


「ファーストキスなんでしょ? いいの?」

「……君みたいな可愛い子ならむしろウェルカムだよ!」


 なんでファーストと決めつけるのかという議論はしないでおく、大人なので。


 涙をぬぐい、リリーの燃える瞳が、まっすぐぼくを映しだす。


「ひとつだけ質問よ。”わたしにキスしなさい”とわたしが貴方に言うのは何回目かしら?」


 ……もう二十回くらいは言ってる気がするけど……。リリーは結構負けず嫌いみたいだし、悪魔らしく十三回? いや一桁以内の九回? いや……


「四回目……?」


 死だけに?


「あら、わたしのお願いを三回も断るなんて、貴方はそんな人だったのかしら?」


 やれやれ、さっきまで涙目だったくせに。本当に負けず嫌いなんだから……。


「ごめん、ぼくの負けだ。もちろんこれが一回目だよ」


 頬を赤らめ、満足そうに微笑むリリー。なんだこれ? 恥ずかしさに、お月さまも真っ赤だよ、まったくもう……。


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KAC20217

お題「21回目」

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