大胆なバレンタイン
忍野木しか
大胆なバレンタイン
奥田まりこは咄嗟に物陰に隠れた。
廊下の向こうから、クラスメイトの三島達也が物憂げな表情で歩いてきたのだ。
あれはもしや恋煩い……?
まりこは鞄の持ち手をぎゅっと握る。鞄の中には手作りのチョコレートが入っていた。
バレンタインデー。学校は普段よりも騒がしい。
男子は期待に胸を膨らませ、女子はライバルの動向に目を走らせた。
達也くんを本命にしている人はいないはず。普段は大人しいまりこだったが、想いを寄せるクラスメイトへの調査に余念はなかった。でも、達也くんが誰を好きなのか分からない。
まりこは一軍と呼ばれる、ヒエラルキー上位の女子たちを思い浮かべた。活発でうるさく、笑顔の絶えない一軍女子。物静かで本好きの達也とはどうにも合わない。
でも最近の恋愛文学ではそういう組み合わせが多い。まりこは、もしやと頭を抱えた。
達也はクラスに入っていった。まりこは慌ててその後を追う。
「おい、ストーカー」
後ろからの声に、まりこは飛び上がった。振り返ると、一軍の三波由香里が呆れた表情で腰に片手を当てていた。由香里とは達也の身辺調査の際に話をする仲になったのだ。
「な、なんのことでしょう……?」
まりこは目をぐるぐると回しながら、鞄を両腕でぎゅっと抱いた。
由香里はやれやれと肩をすくめる。
「おい! 三島! 愛しのまりちゃんさんがさ、話があるってよ!」
まりこはギャっと悲鳴をあげると、由香里の腕を掴んで教室を飛び出した。そのまま女子トイレまで引っ張っていく。由香里は楽しそうに笑っていた。
これだから一軍は! まりこは腹が立ち、顔が真っ赤になった。
「チョコ潰れちゃうよ」
「あっ!」
まりこは慌てて鞄の中を確認する。ピンクのリボンで縛られた袋は無事の様だった。
「まりちゃんさんさ、そんなんだから去年、渡しそびれちゃったんでしょ?」
由香里は切れ長な唇を尖らせて、ほっそりとした腰に手を当てた。
「わ、私は慎重なの!」
「そう? 割と大胆だと思うけど」
可愛い人には分からないよ。まりこは拗ねるように下を向いた。
「ねぇ、まりちゃんさん? その大胆さをさ、ぶつけちゃえばいいんだよ。恋愛はね、慎重さより大胆さの方が大事なんだよ?」
それは一軍だけに許された戦法だ。まりこは返事をせず、女子トイレからでた。
すると、トイレの前に達也が立っていた。
「えっ?」
まりこは驚いて鞄を落としそうになり、慌てて前髪を整えた。
「あのさ、奥田って俺に渡したいものがあるんじゃない?」
首筋を真っ赤にして、もじもじと制服の裾を弄りながらも口調はしっかりしている。そこに物静かな文学少年の面影はなかった。
「わぁお! 大胆!」
後ろで由香里は嬉しそうな声を上げた。
大胆なバレンタイン 忍野木しか @yura526
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