カエルと跳び箱
金子ふみよ
第1話
カエルは首をかしげるしかありませんでした。
「どうか! お願いします!」
池から飛び出して公園を散歩がてらにウロウロしていたところ、人間の男の子がしゃがみこんできたかと思うと、手を合わせ、目をグッとつむってそんなことを言い出したからです。
「どうしたら、カエルさんみたいにジャンプできるのか、教えてください」
タイキというその男の子は聞けば、跳び箱が苦手とのこと。しかし、テストが今度あるので、その時には絶対に跳びたいのだそうだ。人間の子供たちが集まる大きな部屋で跳び箱という箱を跳んでいるのを、たしかにカエルは見たことがありました。ずいぶん不格好に、窮屈そうに人間は跳ぶのだなあとカエルは思ったものでした。
はあ、とため息をついてからカエルは言いました。
「いいかい、君は子供だ。だから跳べなくてもしょうがないだ」
ジャンプの専門家に言われますが、タイキは納得しません。
「ではこういうのはどうだい。僕が小さい時を君たちは何と呼んでいる?」
「おたまじゃくしだよ」
「そう。その時に僕らは跳べているかい? 水の中をうねうねと泳いでいるのは、君たちは見るだろうが、おたまじゃくしがジャンプしているのなんて見ないだろ。それは少しくらい弾むことはあるけどもね。わかったかい、跳べなくてもいい理由が」
カエルはタイキを諭しますが、タイキは憮然として全然受け入れられません。
「おたまじゃくしが跳べないってのが理由なら、僕は子供だからオタマジャクシと同じようにしゃべれないことになるだろ」
(それは屁理屈だ)とはカエルは言い返せませんでした。
「カエルは僕らと違って小さいのに二メートルとかジャンプできるそうじゃないか。なら、人間である僕がそれ以上跳べないのはなぜなの?」
それこそ(君と僕とでは大きさそのものがそもそも違うじゃないか)と言い返そうとも思いましたが、
「僕は神様じゃないから、そこんとこはわからないな。わかろうとも思わないし」
タイキはすっかりむくれてしまいました。カエルが
「練習はしたのかい?」
と聞いても
「いっぱいした」
と不機嫌に答えるだけでしたし、
「先生には聞いたのかい?」
カエルにわざわざ聞かなくてもと思っても、
「教えてもらったよ」
とやはりふてくされてしまっていました。
「じゃあさ、タイキ君は僕らがどんなふうにジャンプしているのかちゃんと見たことはあるのかい?」
そうカエルに言われて、タイキは目を丸くして首を大きく横に振りました。
「だったら、なんで僕にお願いなんかしたの」
カエルは少々あきれました。そんなカエルの顔を見て取ったのか、タイキは
「カエルはジャンプがすごいって聞いたから」
どことなくばつが悪そうに答えました。
もう一度カエルはため息をついて答えました。
「それならさ、僕だけじゃなくて跳ぶのがすごい生き物をよく見ることだね。以上アドバイス終了」
そう答えてカエルはピョンピョンと跳ねて池の方に行ってしまいました。
その日から、タイキは本当にカエルのアドバイスどおりにしました。カエルのジャンプの仕方だけでなく、歩き方なんかもよく見ました。それに、カエルだけではなく、バッタやカンガルーも見ました。それは家の近所や動物園や図鑑やテレビやインターネットなんかを使ってじっくりと見たのでした。
タイキがそれらの生き物の動きをまねしたのは言うまでもありませんが、そればかりではありませんでした。
タイキのお母さんやお父さんは、タイキが跳び箱を跳びたがっているのは知っていましたから、運動は認めていましたが、意外なことがあったのです。
それは食事でした。それまでは、タイキは好き嫌いが多い子でした。けれど、今回の件があってから、少しずつですが、カレーに残していたニンジンも食べるようになりましたし、魚も食べるようになりました。
「だって、生き物は好き嫌いで食事はしてないでしょ。大きくなるのとか、動けるようにするために必要なものを食べるんでしょ。なら、お母さんが僕に必要じゃない食事を出すわけないじゃない。僕に必要なら食べるしかないじゃない」
イヤイヤそうですがそう答えて、その時は焼肉のたれを十分に浸したピーマンを口に入れてからご飯をほおばっていました。
それから一か月。それが功を奏したのでしょう。タイキは跳び箱を跳べたのでした。他の子よりは跳べる段は低かったですが、タイキにとっては跳べたことが何よりもうれしかったのです。
そのことを伝えに、タイキはあの公園へスキップするようにして行きました。
カエルと跳び箱 金子ふみよ @fmy-knk_03_21
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