あぶあげ王国

金子ふみよ

第1話

 空き家に寝泊りをするようになったキツネがいました。

「今日も大量だ」

「ああ、やっぱり越してきて正解だな」

 森の暮らしには食べ物がなかったりしました。そこで仲間たちと街へ下りて来ていたのでした。

「お前はそんだけでいいのか?」

 仲間たちはコンビニやレストランなんかのごみ箱や裏口なんかから食べ物を拾ってきていました。

「うん、あんまりお腹空いてないし」

 一匹のそのキツネが言うとおり、街に来てからは食べ物を簡単に奪うことが出来ました。おかげで空腹を感じなくなるくらいでした。けれど、そこにたくさんあるので、どうしたって欲しがるのが仲間たちでした。

「あーあぶらあげが食べたい」

「そんなもんまだ欲しがるのか、こんなにいろいろあるのに」

 仲間が言うようにいろんな食べ物を摂ることが出来ました。それはとても心地いいものでした。それでも、何日も過ごしていくと、同じような味がして飽きてきました。そのキツネはやはりあぶらあげの方が好ましかったのでした。

 そのキツネはいつもとは違うルートを進んでみることにしました。


 電柱にトンビが止まっていました。

「おいおい、まだそんなところにいるのか。もうごっそり食べてしまったぞ」

「いいことを教えてやろう。もう一つ向こうの公園に今日はたくさん人がいたぞ」

 仲間たちが飛びながら、そのトンビに話しかけました。

「今日は何を食べたんだい?」

「からあげだろ、サンドウィッチだろ、あとソフトクリームもだ」

「俺は団子も食ったぞ」

 公園に集まる人たちの食事をかっさらうようになったので、すっかりメニューの名前も覚えてしまうくらいになっていました。そのトンビもどんな食べ物なのか思い出せましたが、今食べたいとは思いませんでした。

「もしかして、あぶらあげがいいなんてまだ言うつもりか?」

「あんなもの食べているとしみったれてしまうぞ。俺たちもグルメにならないと」

 仲間たちは鼻を高くしています。

「それに人間たちの驚いた、怯えた顔の面白いこと」

「悔しかったら飛んでみやがれってんだな」

嘲って笑いはじめました。

「ああ、俺も探しに行ってくるわ」

 そのトンビはそれ以上聞いていられなくなって飛んで行ってしまいました。


 街はずれの社の前に向かってキツネは走っていました。トンビは急下降を始めました。一人の人間の手にある物がぜひとも欲しかったのでした。

「わっ、なんなんだ」

 黄土色の塊と、こげ茶色の塊がくねった体をかすめて、その男はすっとんきょうな声を上げました。

「キ、キツネと、トンビだと!」

 男はビニル袋をぎゅっと抱えました。うなる動物たちは間違いなくこれを狙っているのだと思ったからでした。

「大人しく渡せば怪我することはないぞ」

 キツネが脅し、

「どうも騒がしいじゃないか。救急車はなかなか来ないだろうな」

 トンビが物騒でした。

 しかし、男は怯えていましたが、

「これは渡さないぞ」

 はっきりと拒否しました。

「はあん。それなら」

「力づくでだな」

 キツネとトンビが飛びかかろうとしたときでした。

 キキーン。

 一台の車が急ブレーキをかけ迫ったかと思うと、エンジンを吹かせて猛スピードで去って行きました。男はもう寸前でひかれそうになったので転んでしまいました。抱えていたビニル袋がペッシャンコになってしまいました。

「あーいーつ、やってくれたな!」

「痛い目に合わせて反省させてやろう」

 キツネとトンビが自動車を追いかけようとしました。しかし、それを男が止めました。

「お前たち、今のに文句をつけるつもりなんだろうけど、もう大丈夫。気持ちだけもらっておくよ。それにそんなことしたら、今度はお前たちが仕返しをされちまう」

 男は立ち上がって汚れを払い落としました。ぐしゃっとなった袋の中身を見てがっくりとしました。それから男はキツネとトンビを柔らかく見やって、

「ちょっと待ってろよ、向こうの河川敷なら人目も少ないだろう」

 と言って来た道を走って戻りました。

「銃でも取りに行ったのかな」

「それにしてはおっかない目じゃなかったよな」

 キツネとトンビは顔を見合わせて、落ち着かなくなりました。

「逃げようか、悪いことしてないけど」

「いや、あの人間に襲いかかったから。……待ってはいられないかな」

 キツネとトンビはもう去ろうとかまえました。

「おい! 待てよ」

 あの男の声が背中に届きました。キツネとトンビはビクッとしてから恐る恐る振り返りました。

「ほら、礼だ」

 男はコンビニのビニル袋を突き出しました。男に従ってそこからほどない河川敷に移動しました。人通りがまばらそこで男はビニル袋から取り出しました。

「いなりずしだ。本当は社のお供えに用意してたんだけど、さっきのあれで台無しだ。けどまあ、お前たちに助けられたから」

 男は手で食べるように促してきました。キツネとトンビは遠慮なく食べ始めました。こんな形で大好物にありつけるとは思ってもみませんでした。

 遠くにパトカーのサイレン音が聞こえました。


 小さな畑に男の姿がありました。

「まったくこんなことになるとは」

 汗を拭うと、

「だんな、精が出ますね」

 キツネが近づいてきました。

「こういう時はお疲れ様ですと言うんだと何度教えれば」

 トンビが下り立ちました。

「それこそキツネにつままれてそそのかされたようなもんだな」

「だんな、そりゃないですよ」

 トンビは吹き出してしまいました。

 あぶらあげを作るため、男は大豆から育て始めていたのでした。

 というのも、キツネとトンビの熱意にやられたのでした。あぶらあげを普及したい、安定的にあぶらあげを食べたい、そんなことを言ってきたのでした。男は動物がそんなに食べるようなら、人間にとっても上等なあぶらあげを作ってみようと思ったのでした。

 よくよく聞いてみれば動物たちの食事はあまりほめられたものであはりません。それは我が事のように思えたのでした。動物も人間も健康が第一。そのためにきちんとした食事を。そんなことを男は考えたのでした。

 キツネとトンビがお手伝いをすると言ってきかなかったので、男は草取りやら肥料まきやらを指示しました。

 それからしばらくして大豆が取れると、男はさまざまな手順を踏んであぶらあげをこしらえました。

「だんな、豆腐もしょうゆも作れるんですねえ」

「みそもな。ああ、これは本当に体に優しいメニューを食べられそうだ」

 大豆を煮たり、砕いたり、型に入れたり、そんな作業をしながらキツネもトンビももうワクワクしていました。

「そうだな、ニンジンも玉ねぎもジャガイモも作っているから、煮物も炒め物も出来そうだ」

 しぶしぶ始めた事ですが、さすがに出来上がりが見えてくると男も楽しみになってきました。

 とはいえ、そう簡単に納得できるあぶらあげができたわけではありません。何度も何度も失敗とやり直しを繰り返して、

「おお、だんな。いけますよ」

「絶品です」

 ようやく満面の笑みになれました。

「もういっそうのこと、あぶらあげ王国を立ち上げましょうよ、だんな」

「それはいい。これほどのあぶらあげなら動物も人もご満悦です。キツネ、もうだんなとは言えないぞ。国王とお呼び」

 話しを勝手に進める友に男は、

「王ってのは、よしてくれ」

 苦笑いしていましたが、アイディアが悪くはないと思いました。

 こうして、ショップ「あぶらあげ王国」が開店したのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あぶあげ王国 金子ふみよ @fmy-knk_03_21

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ