第48話 これからのこと

 思っていたよりも平気そうな顔をして、美波ちゃんは波留君と話していた。その横では光瑠ちゃんが下を向いて地面を足でいじっている。


 少し辛くなる。若干顔が暗く見える波留君は、あたしを見るなり片手をあげて寂しそうな笑顔を見せた。


 ねえ、そんな寂しい顔しないでよ。あたしの方が辛いのに。


 不愛想に視線を逸らすと、泣きそうになっている波留君の顔が想像できた。意味もなく泣きそうになった。


 近くに寄っていくと、波留君の息遣いが聞こえてくる。顔を上げると、その顔が目に入る。なんで、なんで波留君が泣きそうなの。


「……ごめん」


 その一言だけで終わらせないでよ。


 波留君の胸元を殴った。あたしの力じゃ大した威力も出なくて、あたしの手が痛いだけだ。大して痛そうな顔もしないで。


「……今日は何話すの」


 気づいたら声が震えている。


 そんなつもりなかったのに。もっと強くて、もっと好かれるような女子になりたい。


「涼香と光瑠と美波との、こと」


 言葉を選ぶようにゆっくりと、波留君は言った。


 覚悟を決めたような優しい顔をした美波ちゃんと、相変わらずの守りたくなるような顔の光瑠ちゃんと、泣き顔のあたし。


 波留君は、──……。


 


 それを見てあたしの揺れ動いていたはずの心が一気に落ち着いた。苦しいのはあたしだけじゃない。美波ちゃんの顔にも隠されていても確かに涙の跡があった。光瑠ちゃんは、いつもより少し辛そうで真剣な表情だ。


 そもそも、あたしたちはうまく行くはずがなかった。数人が一人の男子を好きになるだなんて、それで全体の幸せを願うだなんて、上手くいくはずがない。


 分かっていたはずなのに。おかしいと。


 いつしか、自分だけで抱え込もうとしたり、人のせいにしようとしたり。もともと、上手くいくはずがなかったのなら。


 みんなで笑い合いたいなら、もっとみんなで話さないと。もっと、一緒に楽しい思い出を作って、もっと一緒に居て、もっと話して、もっとわかりあって、もっと、もっと、もっと。


 いつもより格段に寂しそうな顔の、辛そうな顔の、でも真剣に未来を見ようとしている波留君の姿があたしの目に映った。


 まっすぐと、揺らぐことのない瞳。少し長い前髪、その鋭い顔立ちと、それに見合わない気遣わし気な優しい笑顔。


 あたしの、大好きな波留君。


 いつしか、波留君を見れなくなっていたのかもしれない。隣にいることばかりを考えて、隣に居ようとする波留君のことは見えなくなっていたのかもしれない。


 あたしは、波留君のことが大好きだ。どう頑張っても忘れられないほどに大好きだ。春乃夜さんとしての波留君も、学校の眞家としての波留君も大好きだ。何も、迷うことなんてない。


 波留君が望んでいるなら、あたしの大好きな人が悩んでいるなら、あたしも一緒に悩むのが自分の望むことだ。


「話そっか。これからのこと」


 思ったよりも静かで、それでもさっきの声よりは明るい声が、でもまだ少し震えている声が、あたしの口から出てくる。美波ちゃんはわずかに嬉しそうな顔を作って、光瑠ちゃんもそれは同じようだった。


 波留君は少し驚いた顔だ。


「あたしたちの、これからのこと」


 小さく、それでも確かに波留君は頷いた。

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