第28話 ボーイッシュはイケメンともっと仲良くなった

 端的に言ってしまうと、翌朝、光瑠とは気まずかった。


 俺のことを見るたびにわずかに顔を赤く染めるし、俺としてもどう反応していいか分からない。二人で話す羽目になったときには、どちらからともなく話せないような空気を醸し出してしまって、無言のままで。


 今も、二人で廊下に取り残されている。みんなで移動教室へと移動していたのだが、三人そろって忘れ物をしたらしい。先生から資料集持って来いって言われたのにちゃんと持っていなかったのだ。


 俺の癖で早めに行動してしまうから、周りには当然誰もいなくて。


「……は、波留君」


 そのぎこちない空気のまま、ぎこちなく名前を呼ばれる。平静を装っていても心臓が反応してしまって、気まずさと恥ずかしさに苛まれるままに視線だけを光瑠の方へと向けた。


「げ、元気?」


 こうやって不器用な感じが、光瑠っぽくて。


 いやごめん無理。


「………話題振るの下手過ぎだろ」


 思わず吹き出してしまった。光瑠が精一杯頑張っているというのも、必死になって言葉をかけているのも分かる。でも、いくら何でも不器用すぎる。


 微笑ましくて、面白くて。


「そ、そんなこと言わないでよっ。僕だって必死なのっ!」


 恥ずかしそうに、拗ねた顔をしてぽかりと肩を叩かれる。目をぎゅっと目を瞑って、おそるおそると。


 かわいい。


「ははは………。そんな必死にならなくても」


「だって、僕あんなことになるなんて………。男子と触れ合うなんて今までなかったのに」


 ごめん、と軽く頭を下げるも、光瑠が優しく小突いてくるのはやまなかった。頭を上げると、光瑠は少し嬉しそうだった。


「ちょっと避けられるかなって思ってたんだけど………。僕が思ってたよりも波留君が気にしてなくてよかった」


「別にどうってことないだろ」


「気にしてくれないの………?」


「どっちだよ」


 笑いながら言うと、なおも光瑠が頬を膨らませる。彼女曰く、「気にしてほしくないけど気にしてほしい」ということらしい。動転して意味の分からないことを口走っていることに本人は気が付いていないのだろうか。


 そのまま二人で楽しく談笑していたのだが。


「はいはい、お二人さん楽しそうですね」


 少し不機嫌になり、目を細めてこちらを見据えてくる涼香。その後ろからは優し気な顔を精一杯に怖そうにしている美波がいた。目元が優しくて雰囲気もほんわかしたままだから全然怖くない。


「ふ、二人とも………」


「あら光瑠ちゃん。何か言いたいことでもありますか?」


「……ないです」


 先ほどまで楽しそうだった笑みを引きつらせて、大人しく女子二人に引きずられていった。それを茫然としたまま見送る俺に、明人が近づいてくる。


 困惑したまま明人に視線を向けると、呆れを込めた視線を返された。


「モテる男は大変ですねー」


「………どうした」


「どうしたも何も、周りの女子を拗らせまくっている人が身近にいるからねー」


「………それは、どういう」


「いや別に嫉妬じゃないよ?俺が好きな人はまた別にいるし」


 あ、そうなんだ。


 なんて言葉を吐き出せるはずもなく、口をつぐんで、明人の言葉に続きを待つ。小さいころから容姿が良くて女子に絡まれることが多かったからか、俺は恋愛関係のことに疎いのだと母親に言われたことがある。


 また知らず知らずのうちに何かをやらかしてしまったのだろうかと心配になる。


「いや、顔が良くて性格が良くてなんでもできるけどたまに不器用な友人が居たら堕ちても仕方がないよなっていう話」


「…………お前そんな人が好きなのか」


「絶望的に話が伝わってない」


 ため息を吐かれた。



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「なんであんなに楽しそうだったのかしら?」


 涼香ちゃん、普段と違って笑顔が怖いです。


「……いや、ちょっとお話が盛り上がって」


「昨日私たちが部屋から出た後明らかに何かありましたよね。二人とも少し顔が赤かったですし、距離感がぎこちなかったですから」


「うぐ……」


 図星でぐうの音も出ないので、仕方なく何が起こったのかを洗いざらい白状する。とても恥ずかしかったことと二人とも変な意識をしてしまったことは隠して、起こったことだけを。


 僕が転んで、波留君が支えた。それだけの話だ。


「それはさっきの両片思いみたいな雰囲気の説明にはならないわよね」


 ふっしーはなぜか普段よりもお淑やかな雰囲気だった。いつもの少し淡白だった様子と違い、凄みを増している。


「………ぼ、僕は好きだけど波留君は多分意識してくれてないから」


「ほんっと、それが問題よねー」


 僕の愚痴にも似た言葉に、ふっしーの雰囲気が一気に崩れた。それに伴い、慣れないしかめ面をしていたミナも表情を柔らかくする。雰囲気が弛緩して、安堵と共に肺に溜まっていた息を吐き出した。


「………抜け駆けは許さない、って思ったけどあたしたちそれぞれの恋だもんねー」


「仕方がないですよね。私たちがそれぞれ違う相手に恋愛しているのであれば素直に応援できたものを、こうも同じ相手に、しかも一度になんて困りものです」


「僕はみんなと仲良くしたいんだけど、世間一般的に見て険悪であるべきだよね。僕ら」


「世間一般的に険悪でなくてはいけないって何ですかそれ。一般論なんて今の私たちには関係ないですよ。そもそも恋愛している相手が一般人じゃないんですから」


「本人は一般人で居たいっていうだろうけどね」


「そうあってくれると僕たちも隣に並べるんだけどねー」


 三人で「ねぇー」と顔を見合わせ、小さく笑う。


 本当にどうすればいいのか分からない。僕はみんなと仲良くしたい。みんなに幸せになってほしい。


 でも、波留君が大好きだ。本当に、言葉にできないくらい大好きだ。ずっと一緒に居たい。何をするにしても隣に居たいし居てほしい。


 ちょっと憂鬱なため息を吐き出した。

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