第25話 イケメンが歌う
興奮した涼香さんに聞いたところ、波留さんは『春乃夜』という名義でネット上で活動しているらしい。私は聞いたことがなかったけれど、光瑠ちゃんは聞いたことがあったらしい。
私には実感できないけれど相当有名なようだ。それでも波留さんならあり得るかなと思えてしまう。
「すごいですね、波留さん」
私の隣にいるのは、光瑠ちゃん。涼香さんと波留さんは、明人さんを交えて話している。おかしくなりつつある涼香さんが言った言葉を明人さんがたまに訂正しつつ、波留さんが答えていく、みたいな。
光瑠ちゃんは私の問いに「うん」と小さく頷いた。
「………ちょっと寂しいんですか?確かに、実際に有名人だということが分かってしまうと寂しい部分はありますが」
「それもあるけど、……なんて言えばいいんだろう。どう接するのが正解なのか分からなくなっちゃって。僕の知らない波留君の一面があるのは嬉しいんだけど、戸惑いもあって、みたいな」
そういうのを寂しいというのではないだろうか。
私は少し寂しかった。有名人のお母さんがいて、実際に動画投稿サイトでは有名人で、そして何でもできて容姿も整っていて。私たちの知っていたはずの、出会ってからまだ数日しかたっていなかった頃の波留さんが遠くに感じてしまえて。
そんなことはないと、頭の中では分かっている。それでも、少し寂しいのだった。
「……でも、どんな波留君も波留君だからって。僕も自分で何言ってんのか分からないんだけど」
「……まあ、波留さんが大好きですっていう話ですよね」
「え、あ………そ、そうだけど」
波留さんたちには聞こえないように声を潜めていった私言葉に、光瑠ちゃんは分かりやすく頬を染めた。恋愛初心者というわけではないだろうに、初心な光瑠ちゃんはこういうときの反応が可愛らしい。
ぼんやりと部屋を見渡す。
今波留さんの家にいるという実感は湧かないけれど、不思議な緊張感というものはある。だって、好きな人の家にいるのだから。それは私だけではないようで、あからさまにテンションが可笑しい涼香さんを置いておいて、光瑠ちゃんも普段より少し口数が少なくなっていた。
そのまま二人で少し駄弁っていたのだが、涼香さんたちの話が終わったらしい。
「とりあえず俺やることあるから、ちょっと待っててもらって」
「……もしかして、撮影?」
「そう。別にみんながいても大丈夫だから。さすがに静かにしてもらいたいけど」
波留さんはマイクやらなにやらの準備を始めた。撮影場所だというテレビから、少し離れたところにみんなで座り込み、仮面をしてカメラを回し始めようとする波留さんを見守る。
ちらりと横を伺うと、涼香さんの顔が緩んで凄いことになっていった。
「涼香ちゃん、落ち着いてくださいね?」
「………だいじょぶ、おちついてる、たぶん」
ちょっと駄目そうかもしれない。さすがに撮影中に声を上げることはないと思うけれど、終わったときにテンションがおかしくなっていそうだ。
まあ、涼香さんが幸せならばそれでいいのだろう。
波留さんが操作して、前奏が流れ始める。私は知らない曲だったが、案の定涼香さんは顔を輝かせていた。
そして。
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いつの間にか曲が終わっていた。
それほどに集中して聞いていたのかと自分でも驚く。………どちらかと言えば、驚いたというよりも頭が回っていなかったという表現の方が正しいような気もするけれど。
端的に言って、すごかった。本当に。
語彙力がなくなっていることは間違いないが、それ以外の表現がないように思えてしまうのだ。
「………撮影終わり」
ぱち、と波留さんが部屋の電気をつける。それと同時に、涼香ちゃんが深く息を吐き出した。先ほどから可笑しかった涼香ちゃんだけど、今は本当に泣きそうになっていた。
「………すごかった、生で見ちゃったよ、生で」
どこかぼんやりとしたまま言ったその言葉は波留さんの耳に届いたようで、少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
確かに、涼香ちゃんがここまでのファンだとは思わなかった。もともとボーカロイドなどが好きだとは常々聞いていたのだけれど。普段が静かだからゆえに何かに熱を入れる涼香ちゃんの姿が想像できないのが一番大きいかもしれない。
「とりあえず俺の用事は終わり。あとは自由に過ごしてもらって」
「はーい、ゲームやりたいでーす」
明人さんは私たち女子人と違って普段通りで、部屋の中にテレビがあるのをいいことにテレビにゲームを繋いだ。波留さんは当然のようにそれを許容していて、中身を隠すために棚に掛けてある布を捲るとカセットがあることを指さして示した。
「………大丈夫?」
未だ固まったままの女子たちを見て、あきれたように波留さんが言った。
光瑠ちゃんと私はいまだ一言もしゃべれてないし、涼香ちゃんは喋ってるというよりは限界化している。
「ちょっと女子は整理できてないから二人でゲームしててほしいです」
「了解。………せっかくだしみんなでやりたいから、落ち着いたら教えて」
「わかりました」
それでいいよね、と視線で二人に問いかければこくこくと首肯で返された。
三人ともぼんやりと部屋の隅に座り込みながら、男子二人がゲームを楽しんでいるのをぼんやりと見ていた。
波留さんはゲームがあまり得意ではないようで、明人さんにしきりに負けては悔しそうに唇を尖らせていた。普段はどちらかというと大人っぽいのに、随所随所で子供らしい純粋で可愛らしい一面が覗いていた。
まさか波留さんが歌まで上手いなど考えたこともなかった。かっこよくて、運動が出来て、静かで落ち着いていて。………本当に、波留さんが好きだ。
こんなに幸せな感情が胸をいっぱいにしているのに、恋心が溢れてしまいそうなのに、落ち着いてなどいられるだろうか。
「………あ、負けた。マジかー」
どうやら、明人さんが負けたようだ。ずっとワンサイドゲームだったのに、勝てたのだろうか。初心者と経験者の差というのはどうしても出てくるだろうに。
ちらりと波留さんを伺うと、嬉しそうに顔を輝かせながら次を催促していた。本当に、嬉しそうに。その、少し子供らしい様子が本当に愛しくて堪らない。
落ち着くなんて無理だ。
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美波「むりすk【ただいま映像が乱れております】
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