第20話 美女とイケメンの待ち合わせ、そして

 私は本当に納得がいっていなかった。光瑠ちゃんを見ていれば彼女も納得いっていないことが分かったが、たぶんそれ以上に。


 明人さんがああして傷ついてまで一歩踏み出す羽目になったのも、波留君が殴られてそれでもなお無抵抗だったのも、すべてが納得いかない。これから先大里さんと関わることがないのであればそれはそれでいいのかもしれないが、痛い目を見てほしかったというのが正直なところだ。


「………意識を変えましょう」


 せっかく波留さんの家に遊びに行かせてもらうというのに、ここまで思い悩んで楽しめないのは申し訳ない。短く息を吐き出して気合を入れた後、姿見の前で一周した。


 春らしいスカートにGジャンを合わせた、比較的いつも通りの服装。これと言った冒険もできなくて普段から着ているものに手を伸ばしてしまった結果だ。


「もう少し大胆な女の子に成れたらいいんですが」


 独り言でさえも敬語になるほどのこの癖ではキャラが違うかもしれないが。好きな男子に迫れるほどの勇気もなければ、魅力もない。


「どうしたものですかね」


 緊張からか、普段よりも格段に独り言が多い。


 そのことを自覚していったん口をつぐんでみる。胸元に手を当てると確かに普段よりも早い鼓動が感じられる。


 もう一度、そして今度は深く息を吐き出してバッグをもって玄関に向かった。



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 駅での待ち合わせに居たのは、いつもの波留君ではなく化粧をしていない状態の波留君だった。幸か不幸か、早く来たことで私と波留君以外はまだ駅に来ていない。


 周りの空気まで輝いて見えるのはなぜだろうか。スマートフォンをいじりながら壁に寄り掛かっているだけなのに絵になる。目の保養。眼福。


「あ、美波」


 私の存在に気が付いた波留さんが顔を上げて私の名前を呼んだ。たったそれだけだというのに心臓への負荷が途方もなく、ちょっと頬が熱くなってきたのはどういうことだろうか。


「波留さん。お待たせしました」


 逸る心臓を誤魔化しながら精一杯の笑みを作って駆け寄る。軽く手を振っていた波留さんの前に立つと、「似合ってる」と手短に言ってくれた。


 まるでデートの待ち合わせみたいですねありがとうございます。


「まだほかの人が来るはずだけど………、まあ、時間かかるよな」


「そうですね。明人さんとか光瑠ちゃんはまだしも涼香さんは結構遠くにおうちがあるって言ってましたからね」


 私もこの駅には結構近い位置に家があったりする。高校からは少し遠いが、駅が近いのでアクセスはいい。それは波留さんや明人さんも同じなようで、この駅から家が近いということだった。光瑠ちゃんの家にはいかせてもらったことがあるが、この駅から近いところにあったと思う。


 二人で並んで壁に寄り掛かり、他の人が到着するのを待つ。


 もう少しの間二人で居たいなんて思ってしまったり。光瑠ちゃんや涼香さんを恋敵として叩き落したいわけではないけれど、波留さんと二人だけというのはやはり嬉しいから。


「波留さんもその服、似合ってますね。かっこいいです」


 精一杯の勇気、私のなけなしの勇気を振り絞った言葉。静かに周りを眺めていた波留さんはこちらに真っすぐ顔を向けて、優しくはにかんだ。視線が吸い込まれて外すことが出来ないほどに綺麗で、胸が熱い。


「ありがとう。……まあ、俺が選んだやつじゃないんだけど」


「………そうなんですね」


「ああ。普段は自分で選んでくるんだけど、みんなと会うことを考えたら下手な恰好はできないなと思って。前に母さんのスタイリストさんに選んでもらった服を着た」


「ふふ、心配性ですね」


 恥ずかしそうに頬を掻いた波留さんに柔らかく笑みを向けると、逃げるように視線を逸らされた。


 ジンズのような生地のスニーカーに、白いシャツの上に羽織ったカアキのシャツ。学校の時の波留さんも好きなのだが、こうして表情に変化がある爽やかタイプの波留さんも好きです。どちらの波留さんも控えめに言って愛してます。


 ………自分でも、テンションがおかしくなっているのが分かった。


「二人ともー!!」


 元気な声がして二人そろって視線を向けると、光瑠ちゃんを含めた三人がちょうどこちらに向かってきているところだった。


「みんな一緒なんですね」


「さっきちょうど会ってね。あたしはみんなよりもっと遅くなるかと思ったんだけど大丈夫だったわ」


 みんなファッションに力が入ってる。涼香ちゃんは分からないけど、光瑠ちゃんは気合が入ってるのが分かった。女子はみんな薄く化粧を入れているから普段と印象が変わっている。


「……じゃあ、行くか。すぐのところだから」


 波留さんの先導で、集団でわらわらと歩いていく。くだらない話が飛び交い、それでもみんな楽しそうに笑っていた。


 今が一番楽しい気がする。でも、少し経ったらまた同じ思いを抱えている。楽しくて楽しくて仕方がなくて、何にも代えがたいほど幸せな時間だ。


「波留さんの家楽しみです」


「大した家じゃないけどな。埒外にでかくても目立つだけだからそうじゃない」


「それでも楽しみなものは楽しみなんだよ。あたしは波留が普段どんなところで生活してんのか気になるし」


「俺も気になるなー。どういう家で波留が育ってきたのかっていうのが」


「僕も。普段の波留君からは今の姿が想像もつかないし、だからこそどう暮らしてるか全然分からない」


 駅から少し離れて人が少なくなったのをいいことにめいめいに波留さんの家への期待に胸を膨らませて賑やかに駄弁りつつ、歩を進めていく。


 最近は波留さんと関わってるだけであわあわとしていた光瑠ちゃんも普段より落ち着いて楽しめているようだ。そんなことに安堵しても──……


手前てめぇら、何してるんだよ」


 今一番聞きたくなかった声がする。すぐ後ろからするその声を頑張って意識から遠ざけようとするも、できない。苛立ちのような、そしてすぐそばにいることに居る恐怖のような意味の分からない感情が一気に頭を溢れ返らせる。


 後ろを振り向くと、怒気を孕ませた表情の大里さんがすぐそばにいて。


「え……?」


 ───殴られたのだと、少し経ってから分かった。頬が痛くて熱い。


 私を殴った他人ひとの勝ち誇ったような笑みだけが目に映った。



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次回、大里死す




次回はきちんと天誅が下ります。

次回予告嘘つくつもりはなかったんです(削除済みです)。書いてみたら長くなってしまったんです。


すいませんでしたm(__)m

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