第16話 イケメンは悩む
我が家に帰って一息つく。
普段は自分のプレイを見学している人などいなかったから気楽にできたが、見られていると思うだけで緊張して体に力が入ってしまうようだ。玄関入ってすぐの場所に座り込み、いつもよりも疲れの感じられる足を投げ出して、靴を脱いだ。
汗で体育着がべたつく嫌な感触から逃げたくて、階段を駆け上がり下着類を取る。そのまま風呂場に直行した。
運動した直後のシャワーはやはり気分がいい。体の表面のべたつきが取れるし、疲労感で熱を持った体が柔く
鏡に映った俺の身体は細い。なるべく気が向いたときに運動したり食事に気を使ったりと力を尽くしているのだが、華奢なこの身体は改善しなかった。
十数分して風呂場を出る。身体を拭き、服を着て頭を乾かしてから洗面所を後にした。風呂場付近にこもっていた熱気から逃げ出せて、いくばくかの涼しさが身を包む。
「ふぁ……」
昨日夜更かししたことと今日の疲れが祟って眠気に襲われる。思わず出たあくびをごまかすこともできずに、自室の扉を気怠く開けた。
防音設備が備えられているその部屋の中で、仕舞ってあるマイクが視界の隅に入る。机に座った。パソコンを開いて通知を見る。
自分が投稿したものへの反応に一喜一憂するのもどうかと思うが、誰かに認められるというのは嬉しいことだ。いつも我慢できずに反応を見てしまう。こうしてネットに依存的になっていくのを自分でも呆れながら、パソコンを机の上に軽く投げ出してベッドに倒れ込んだ。
───自分のルックス以外の強みって何だろうか。
小さいころからずっと思っていたことだ。下手に顔がいいだけに、そこしか注目されずに生きてきた。まだ小さい頃の俺には親の七光りと親から受け継いだルックス以外何もなかった。
『春乃夜』という実名に基づいた安直な名前で活動し始めてから、いろいろな反応があった。両親たちも応援してくれ、見てくれている方々からも温かい言葉をもらった。でも、もっともっとと結果ばかりを追い求めすぎて、一つ一つの感動が薄れてしまっている気がする。
始めたばかりのころは再生が一増えただけでもめちゃくちゃ嬉しかったはずなのに、今となっては登録者の伸び具合が基準となって大きな反応にしか目が向かない。傲慢になったと言われてしまえば何の反論もできない。
取り留めのない思考が頭を巡り巡った挙句思わずついた溜息が、
こうして考えすぎるのは自分の悪い癖だ。今は疲れているのだから少し眠ろう。
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ガチャリとドアが明けられる音で目を覚ました。ベッドから身を起こすと、そこには母が立っていた。幼少期の写真を見せてもらったことがあるが、そのときよりも輝かしくなっているように見える。元から綺麗だったが、それ以上に美容などに力を入れているからだろう。
「どうした、母さん」
「相当疲れてるみたいだったから起こしたくなかったんだけど、ごめんね。帰ってきたら波留がいなかったから見に来ただけよ」
母さんの仕事への取り組み方が異常に真剣だから厳しい人と勘違いされがちだが、根は穏やかで優しい人だ。少し子への愛情が深すぎるが。
時計を確認すると帰ってきてから一時間半が経過していた。
「思ったより帰ってくる時間が早かったな」
「あら、迷惑だったかしら?」
「いや別にそういう意味があっていったわけじゃない。普段は結構夜遅くまで仕事してるから思っただけで」
「いつも迷惑かけてごめんね」
「そこまで迷惑じゃないから大丈夫。結構好き勝手やらせてもらってるし」
「ありがとう」と言い残した母さんが部屋から外に出る。それを目線だけで見送った後、凝り固まっている体を大きく伸ばして僅かな痛みに顔をゆがめた。
無理な態勢で寝たから体に被害はあったものの、頭はすっきりした。脳裏に浮かぶのは、友人たちのこと。
自分で悩みごとがあったのなら、信頼できる友人に相談すればいい。俺だけで悩もうとしても解決策は出ないだろう。ネット上の活動も、彼らに言ってしまっても受け入れてくれるだろう。
数日話しただけかもしれないが、彼らは本当に俺を受け入れてくれる。褒めてこそしてくれ、忌避することも無駄に争うようなこともしないでいてくれる。いつかは変わってしまうかもしれないけれど、今はこの距離感を楽しみたい。俺のことをちゃんと考えて接してくれる人たちと一緒に居たい。
もっと仲良くなりたい。
こんなに学校生活が楽しいと感じるのも久しぶりで少し
大きく息を吐き出して、部屋から足を踏み出した。
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