第7話 イケメンがバレる
救急キットを手に持った皆川さんが教室へと戻ってくる。自分の素顔がばれるのはギリギリまで阻止したいので、その救急キット受け取った。
「私やりますよ?」
「……大丈夫。怪我を見るのも酷だろうから」
適当な理由をつけ、怪我を洗ってくると言って水道に向かった。正直に言ってしまえば、顔を洗ってしまうとまずい。少し湿らせたハンカチを使って傷口付近を優しく叩き、汚れを取った。
教室に戻ると、三人が何やら険しい顔をして話し合っている。
「……今後、大里さんとはかかわりを持たない方がいいかもしれないですね」
「あたしはあいつとはもともと関わってなかったけど」
「僕も、あんまり関わりたくないな……」
それはそれで大里くんがかわいそうだとも思ったのだが、よく考えればあの人のことだ。大里くんと関わることは彼女らにとって忌避すべきことなのかもしれない。
「戻ってきた。とりあえず消毒して絆創膏貼ってでいいと思ってるんだが……」
「僕もそれでいいと思う」
消毒液を傷口に掛けようとしてガーゼを傷に近くに添える。それでもうまく行く気がしなかった。慎重に容器を握ったのだが………。
「消毒は私がやりますよ。見えないでしょうし」
俺の様子を見て皆川さんが申し出てくれた。消毒だけであれば問題ないだろう。「ありがとう」とお礼を伝えて、ありがたくやってもらうことにした。
皆川さんが俺の髪の毛を優しく払って、傷口に消毒液を掛ける。冷たい感触と傷口にしみる感触が一緒くたに襲ってきて、思わず眉をしかめた。
「やっぱりしみます?」
「……少しな」
傷口の近くを皆川さんがのぞき込んできた。洗ったから少しは見た目もましになったとはいえ、傷口は見ていても気分のいいものではないだろうに。
「ちょっとまだ土汚れがついてますね……。拭いてもいいですか?」
「ああ、ありがとう」
土汚れ、教科書を片付けているときにでも付いたのだろうか。土がつく場面などなかった気がするのだが。皆川さんに額を拭かれるのを甘受しながら、大里くんとの場面を思い返していた。
と、皆川さんが疑わし気に首を傾げた。
「波留さん化粧してたりします?」
「……え」
思わず素の声が出てしまう。まさか、………バレた?
そうか、土汚れって言っていたのは顔を拭いたときに化粧が伸びたからそう見えたのか。
(失敗した……)
化粧しているかどうかと言われたら、結論から言えばしている。
自分の顔を少しでも隠すためにくすんだ色のファンデーションを入れ、他もいろいろと顔が目立たなくなるように化粧しているのだ。さすがに化粧し慣れている大人の女性が見ればわかってしまうかもしれないので、保健室にはいきたくなかった。素顔を隠していることが思わぬ形でバレそうだったから。
「……化粧はしてない。俺はまだ高校生だ」
「いや、これ化粧でしょ。どう見ても」
横から伏見さんが口を挟んできた。その視線の先にあるのは。皆川さんが俺の額を拭くときに使ったガーゼで、明らかに化粧とわかるような色合いになってしまっている。
「……どういうこと?僕には良く分からないんだけど」
「波留さんは何のために化粧を?」
三人から矢継ぎ早に質問を投げかけられて思わず顔を背ける。顔の良さを隠すと言っても分かってくれないことが多いので、説明が非常に面倒だ。「ちょっと化粧落としてくる」と一方的に宣言して水道に向かった。顔を見せてしまうのが一番楽だろうから。
彼女らならば接し方を変えてくるなんてこともないだろうと信じたい。それでも少しの恐怖が残っているのは確かだった。
もしかしたら素顔でも一緒に笑える友人ができるかもしれないという期待に胸を膨らませて、恐怖をごまかすように冷たい水で顔を洗った。一応何かがあったときのためにクレンジングは持ってきているので、落とすことに問題はない。アイメイクや口紅は入れていないので女性の化粧よりは落とすのが速かったりする。
一応、と髪も整えて教室に戻る。
がらり、と扉を開けると三人が息を呑んで目を瞠った。視線が痛くて思わず頭を掻く。
「誰……!?」
北島さんの驚きの言葉を皮切りに、次々と言葉が怒涛のように襲い掛かってくる。とりあえず落ち着かせてから事情を説明した。
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「……──ということです」
始終頭を下げながらの俺の説明を受けて、皆川さんはずっと困った顔をしていた。北島さんは目を輝かせ、伏見さんは頭を抱えている。
誰にも話してほしくないという願いと、これからも同じように接してほしいという願いを繰り返し繰り返し言ったので、伝わっていることを願うばかりだ。
一通り説明を終えたのを悟ってか、伏見さんから質問が飛んでくる。
「で、その両親の俳優女優っていうのはどなたなの?」
「………母さんが宮本真子で、父さんが眞家日向」
「めちゃくちゃ大御所………!!」
父さんが主演男優賞を獲得していたり、母さんが朝ドラの主演をしていたりと、自分の両親は何気にすごい人だったりする。その二人が結婚するとなって、二十年前ほどには大騒ぎとなったらしい。その頃のテレビ番組の映像を意気揚々と見せられ続けられたのはいい思い出だ。
「にしてもイケメンだね……」
北島さんにまじまじと顔を眺められる。メイクは専門の人に指導を頼んでいるから、かなり顔立ちが変わって見えるのだろう。
「眞家の面影はあるけど、眩しくて直視できないってやつだ………」
「本当に驚きました……」
「……面影って言ってもどっちも俺だからな?」
「わかってますけど、別人みたいです」
落ち着いてきたのか、三人はわいわいとはしゃぎ始める。
そんな彼女らの反応が、顔を見せた途端に色目を使ってくるようなものじゃなくて本当によかった。
「化粧で人は変わるっていうけど、ここまでだとは……」
伏見がうなるように言った。疑問の視線を投げかけると、嘆息交じりの答えが返ってくる。
「私も化粧しろって姉たちに言われるんだけど、面倒でしてこなかったんだよね。あとは化粧を甘く見てたのもある」
「確かに、ここまで変わるとは思いませんでした。誰かに教わったりしてるんですか?」
「一応教わってる。母さんのメイクさんをやったことがある人に」
「道理でここまでレベルの高い化粧が出来ているわけですね……」
「僕も化粧にチャレンジしてみるべきかな……?」
みんなが真剣に悩んでいるのを見て思わず笑ってしまう。「あとで教える」と言うと、みんなが一斉に嬉しそうにお礼を言ってきた。女性にしてみたら容姿は死活問題なのだろう。自分はどちらかと言えば違う意味で問題だったのだが、美容で悩んでいる母を見てなんとなくそれは分かっていた。
そういえば連絡先交換していなかったよね、ということで四人でグループを作った。そのときに、ラインの家族の欄に両親の名前がきちんとあるのを見て伏見さんが「疑うつもりはなかったけど、本当だった………」と天を仰いだ。
あれだけ杞憂していた素顔の露呈だが、裏を返してみれば三人の反応は「私も化粧にチャレンジするべきかも……?」というものだった。普通の友人のようなやり取りが嬉しくないわけがない。
家に帰ってから、スマホの連絡先の欄にみんなの名前があることで思わず笑みがこらえられなくなってしまい、楽しい気分のままその日の残りを過ごした。
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