21回目のさよならの後に
宵野暁未 Akimi Shouno
私に言えるのはサヨナラだけだったから
私は小さい頃から内気だった。
物心ついた頃はそうでもなくて、引っ越し先の新しいご近所さんの、同じ年頃の子供たちに積極的に声を掛けたものだった。
なぜ内気になってしまったのか。それは、私が当たり前だと思っていたことが、他の子供たちには当たり前でなかったと知ったからだった。私のことを変な子だと思ったのか、私が声を掛けると嫌な顔をした。そのうちに、声を掛けようとしただけで相手が明らかに迷惑がっているのが分かり、次には声を掛ける前から、相手の気持ちというか考えと言うか、そんなものが分かってしまったので、声を掛けることができなくなったのだ。
だって、ほら、幼い子供は相手に気を遣ったりしないから、本当に遠慮なく嫌な顔をしたり、あからさまに拒否したりするのだ。
昼休みのドッジボールの仲間に入ろうとしても、
「入れてー」
「えーーーー( ̄д ̄)」
だから、小学生の頃も中学校の頃も私の居場所は図書室だけだった。
私は物心ついた頃から家の中で絵を描いたり、少し大きくなると近くの林の中を散歩しては詩を書いたりしていたから、絵や作文のコンクールで入賞することも度々あったのだが、そんな時も言われたものだ。
「Sさんがいなければ、B君が1番だったのに!」
そうか、私は居ないほうが良かったのね。
私はますますクラスメイトたちに声が掛けられなくなった。通りすがりの大人には良く挨拶をして褒められたけれど。
私は学校から帰ると、他の子達が集まって遊んでいる場所には行けなかったから、林の中を歩き回った。
道も無いのに足の向くまま気の向くまま歩いて行くと、ピンク色の光の房のような合歓木の花や初めて見る真っ白な花やビーズのような赤い実や、沢山の美しいものに出会えたので毎日飽きることが無かった。道も無い林の中でどんなに遠くまで行っても、私は一度も迷うことはなく家に帰った。
或る金曜日の放課後遅く、日直が終わって帰ろうとすると、昇降口に知らない女の子が居た。他のクラスか他の学年か、とにかく初めて見る子だった。
私を見て一瞬不思議そうな顔をした彼女の気持ちは読めなかった。きっと彼女も私を知らないのだろう。
「さよなら」
私がそれだけ言うと、
「さよなら」
相手もそれだけ返した。
そして私は、帰宅するといつものように林へと向かう。
日直ではなくても、先生に用事を頼まれることが多かった私は、翌日も帰りが遅くなった。それはちっとも苦ではない。大勢の生徒たちが帰宅する中でポツンと一人で帰宅するよりも、人気の少なくなった道を歩く方が楽だったから。
そして、靴に履き替えて外に出ると、前日に昇降口で会った子が空を見上げていた。
「さよなら」
「さよなら」
ただそれだけだった。
その翌日、その子は、出入り口そばの木の下に立っていた。次の日には、正門前の花壇の花を見ていた。次の週も、正門を出る前のどこかで必ずその子と目が合って、さよならの挨拶だけを交わした。
4週間めの金曜日。
さよならの挨拶だけを交わす彼女が正門のそばに居た。
「さよなら」
すると、彼女はさよならではない言葉を返した。
「ねえ、次に会ったら一緒に帰らない?」
「今日は駄目なの?」
「うん、今日は駄目なんだ。次に会ったらでいい?」
「いいよ」
彼女はにっこりと笑った。
「さよなら」
私たちは手を振って別れた。
私は、週明けの月曜日、その子と会って一緒に帰るものと思っていたが、彼女は居なかった。翌日も、その翌日も、彼女はずっと現れず、校内で彼女を見かけることもなかった。
21回目のさよならの時に交わした約束は果たされること無く、彼女は私の前から完全に姿を消したのだ。
半年が過ぎて、私は中学3年生になった。
1歳年上の子が編入してくるという話を耳にしていた。大人たちの話を耳にしたクラスメイトが教室で話していた内容が正しいとすれば、その子は事故か何かで4週間ものあいだ意識不明で、意識が戻ってからも長く入院していた為に学校に通えず、1年間遅れたということらしい。
その子は隣の隣のクラスになるらしい。隣のクラスなら、体育などの授業で一緒になることもあるだろうけれど、隣の隣のクラスだと、あまり顔を合わせることは無いのかもしれない。
始業式が終わり、私は先生から用事を頼まれて、今日も帰りが遅くなった。春休み課題の提出状況の点検なんて、先生が自分でやって欲しいけれど、まあ別に構わない。大勢の中学生で賑やかな時間に帰るよりも、静かになった時間の方が良い。
正門を出ようとすると、声を掛けられた。
「一緒に帰らない?」
私は彼女を見て答えた。
「いいよ。約束だったもんね」
(了)
21回目のさよならの後に 宵野暁未 Akimi Shouno @natuha
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