第3話 古馴染みとの再開
「ん……」
アリアの朝は、ノリスのトレーニングの息の音から始まる。
目が覚めると必ず起きているので、彼が寝ている姿を最後に見たのは、彼女が七歳ぐらいと時だっただろうか。
「ちゃんと寝てるの?」
仕切り布を取ると、アリアはノリスに声を掛けた。
スクワットをしていたノリスは、表情変えることなく頷いた。
「?」
気が付くと、ノリスの視線が自分とは逆になっていた。
「気を付けろ」
「え?」
そう言われて自分の姿を見ると、アリアは盛大な悲鳴を上げた。
「んきゃああああーっ!」
寝ている間にやらかしたのか、夜着の紐が解け、鎖骨からわずかに膨らんでいる胸が露になっていた。
慌てて仕切り布を被ると、アリアは真っ赤になりながらノリスを睨んだ。
「見たわね」
「いや」
「見たでしょっ!」
「……背中を見るのと変わらな──!」
ノリスの顔に枕が激突した。
「着替えるから外!」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
朝食のテーブルに着いても、気まずい状態は続いていた。
パンにベーコンエッグを挟んだものが出されると、二人は無言で食べている。いつものならば、何かとアリアが話しかけるのだが、今日は彼女も無言だ。
「……すまん」
静かな時間に耐えかねたノリスが、ボソリと言った。
「蜂蜜パンで許してあげます」
「蜂の子の……」
「蜂蜜パンで!」
「わかった」
「よろしい」
ようやく機嫌が治ると、食欲全開で食べ始めた。
朝食を平らげ、牛乳で喉を潤すと、ノリスはアリアに声を掛けた。
「売りに行くのか?」
「まあね。そろそろ買い足したい品もあるし」
アリアの表の仕事は薬師である。野山に生えている薬草や、山に埋もれている鉱物。果てはモンスターや獣から素材を集め、薬や魔術で使われる触媒などを作っている。
時には、素材そのものを売る時があるが、利益はどうしても下がってしまう。
「なるべく高く買ってもらえる所を探さないとね」
「わかった」
「やほー!」
「……」
〈銀の鈴亭〉から一歩足を出した瞬間、見知った顔が二人に声をかけてきた。
波打つ長い黒髪に垂れ気味の目、厚めの唇には真紅の口紅を差し、口元には小さなほくろがある。
一応魔術師らしい格好はしているが、胸元は大きく開き、胸の谷間がこれでもかと強調されている。
腰帯には様々なポーチや道具が吊るされ、指にはいくつもの指輪を嵌めていた。
「ノーマさん!」
「アリアにノリス、奇遇ねえ」
「はい!」
「……どこがだ?」
アリアが金策の話をすると、やたらと
その頃は、アリアの祖母と取り引きをしていたようだが、どこが琴線に触れたのか、アリアとノリスのお得意様になっている。
アリアにとっては、昔から家に姿を見せる姉のような存在である。
魔術の基礎を教えてくれたのも彼女であり、ノーマがいなかったら、この道に進むことなどなかっただろう。
「アリアちゃん、何かいい物あるかしらあ」
アリアとは正反対の体型だが、不思議とノーマにはそれを気にさせないところが多い。
「ちょうど良かったです。おすすめの品があります」
微笑むアリアに、ノーマには目を細めた。
「じゃあ、お部屋を借りてるから行きましょ」
「はい!」
アリアが頷くと、ノーマは周りに色気を振りまきながら街を歩いていく。彼女を見た男達は、皆足を止めて彼女二見惚れている。
その後ろを行く二人に気を留める者など、ほとんどいない。
「研鑽の方はどうかしら?」
「まずまずですね。良い図書館がこの街にもあるといいんですけれど」
「ハルマーの図書館はそれなりの物を揃えているわ。話が済んだら言ってみれば?」
「はい、後で行ってみます」
二人がにこやかに話していると、大きな建物の前にたどり着いた。
四階建ての石造りの館は、様々な装飾が施され、屋根は真っ赤な瓦で彩られている、窓から垂らされている赤い布には、秤と円環の紋章が金糸で描かれていた。
「ここよー」
「商会組合か」
商会組合とは、街ごとにある商人達の互助組織である。大口の取引や、秘匿性の高い取引場所などを提供し、時には見本市なども開かれる。
組合の維持は大商人が集まる代表員会議が取り扱い、彼等の寄付で賄われている。
薬師でもあるアリアも、一応会員であるので、ここを利用する事ができた。
三人が中に入ると、貴族の邸宅すら霞む大広間が姿を現し、アリアは息を飲んだ。
床には赤い絨毯が敷かれ、両側には様々な彫像や壺などが飾られている。全部でいくらかなんて考えただけで、アリアの頭はおかしくなりそうだ。
「ここよ」
ノーマが立ち止まると、金の線で飾られたドアの前を指した。
胸の谷間から細長いカードを取り出すと、ノーマはドアに取り付けてあった差込口にカードを挿入した。
ノーマがドアを開けると、二人を手招きした。
「なぜそこに入れる」
「便利だからに決まってるじゃないのー」
「……どこ見てるの」
チロリと睨まれると、ノリスは肩をすくめた。
歩くだけで揺れるノーマとは異なり、アリアは走ってもわからない。今のところ、彼女にこれ以上の成長は望めそうにないなとノリスが考えていると、アリアと目が合った。
「何考えてるの」
「別に」
なだらかな胸を抑えながら、アリアは相棒を睨んだ。
「いいじゃないの。ノリスちゃんだって男の子だもの。おっぱいに関心を持っているのは普通のコトよお」
「ノーマさんは、恵まれているから言えるんです」
口を尖らせるアリアに、ノーマは両手を頬に当て、クネクネと動き始めた。
「貧乳を気にしてるアリアちゃんはかわいいわねぇ!」
いきなりアリアの頭を抱えると、ノーマはアリアごとクルクル回った。
「の、ノーマさ──────っ!」
「それぐらいにしろ」
アリアのマントを掴むと、ノリスは引っ張り出した。
「これ以上ふざけるなら……」
「はいはいはい。わかってるわよお」
窓側のソファに座ると、ノーマは反対側の席を差した。
「ひとまず座って」
アリアがちょこんと座ると、ノリスは大きな荷物を床に下ろした。
「ノリスちゃんも座んなさいな」
「俺は護衛士だからな」
「堅いわねえ……硬くするなら、そっちだけにしなさいな」
ノリスのノリスを指差し、ノーマは微笑んだ。
「……さてと、これ以上ふざけてたら斬られそうだし、本題に入りましょうか」
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