呪文使いの協奏曲〜ボーイ・ミーツ・ガールは揺るがない!〜
御坂伊織
第1話 二人の旅路
呪文使いの協奏曲(コンチェルト)〜ボーイ・ミーツ・ガールは揺るがない!〜
最初は小さな約束から始まった。
満点の星空の下、少女は自分の夢を語った。眼鏡の下の瞳は星々よりも眩く輝き、少年の心に火を灯した。
「ならば、俺がお前のユメを守ってやる。カミサマだろうとジャマをするようならぶっ倒してやる!」
いきなり立ち上がった少年は、大きく拳を天に突き上げた。
「ありがとう! わたしもがんばる!」
親には嘲笑われた夢を、少年は認めてくれた。少女は頬を赤らめると、少年の横に立った。
「どっちがさきにつよくなれるかきょうそうだね!」
「ああ!」
二人はその日の思い出を胸に秘め、五年後には住み慣れた村からの旅立った。
「はー、やっと街が見えたよ」
フード付きのマントに身を包んだ少女は、ズレた眼鏡を指で直しながらつぶやいた。
栗色の長い髪は三編みにまとめられ、左肩から垂らしている。どことなく幼い印象だが、掛ける者の少ない眼鏡から、知的な雰囲気も漂わせていた。
「まだ行ける」
横に立つ青年は、汗一つかかずに真顔で言った。
成年に達したか達していないかの境目のように見える顔立ちは、精悍そのものだ。黒髪を短く切り揃えられ、それなりに整っている。
黒革の鎧を身に纏い、裏に紋様が描かれたマントを羽織っていた。腰には精緻な造りの剣を下げ、ベルトには様々な大きさのポーチが取り付けられていた。
一見すると単なる旅人なのだが、その様相はかなり変わっている。
少女は馬に跨っているのだが、青年は徒歩である。おまけに、馬には小さめの鞄が鞍の後ろに取り付けられているだけなのに、青年はやたらと大きな荷物を背負っていた。
分厚い革のリュックだけではなく、大きな鉄の盾、少女ほどはあろうかという長い包みの他、人間何人分かの荷物を青年は顔色一つ変えずに背負っていた。
「あのさあ……ノリス」
そーっと視線を青年──ノリス・マッカートに向けると、恐る恐る口を開いた。
「なんだ?」
「すこーしぐらい馬に載せない?」
「問題ない。これも修行の一つだからな」
平然としたノリスに、少女の顔が赤くなる。
「通り過ぎた隊商の御者さんがね、わたしたちの方を二度見したわ」
「それがどうかした」
「どうかするわ! わたしの事をあの人は荷物運びを奴隷にさせる鬼畜な主人か何かと勘違いしたわよ!」
真顔で言ってのけたノリスに、少女──アリア・ウェンズワースは叫んだ。
ノリスの好きにさせておくと、彼はドンドン先に進んでしまう。既に二つの村と町を休憩も取らずに通過し、陽も傾いてきた。
このまま先に進んでは、街の城門は閉まってしまい、怪しい宿か野宿しか選択肢がなくなってしまう。
「わたしは門が閉じる前に着きたいの」
「野宿で十分だ。保存食ならば十分ある」
ポーチの一つを軽く叩くと、アリアの顔が真っ青になる。
「やめてやめてやめて。その話はしないで。わたしはね、ちゃんとした綺麗なベッドて寝たいの。お湯で体も洗いたいのよ」
「洗いたければ、そこの川で洗えばいいだろう?」
「ノリスは忘れているかもしれないけど、わたしは乙女なの。女の子なの!」
「忘れてはいない」
真顔でノリスが見つめると、アリアはわずかに頬を赤らめた。
鼓動が早くなっていくが、思ったような展開にはならなかった。
「付いてないのは昔見たからな」
「───バカーっ!」
街道にアリアの雷が落ちた。
交易都市ハルマー。
いくつもの街道と重なる中間点であり、貿易で賑わう城塞都市でもある。
城壁の外にも建物がいくつもあるが、正式にハルマーに属している部分ではない。そこは、閉門時間に間に合わなかった旅人や、市民権のない下層民が住む区域であり、法の目も届かない。
金がまったく無いのならば断腸の思いで泊まることも考えたかもしれなかったが、色んなモノが染み付いたようなベッドでは寝たくはなかった。
そこには街中では商売できないような品を扱う店や娼館が連なり、治安は裏組織が取り仕切っている。
そんな場所を通っていくと、怪しげな視線が二人に向けられた。アリアはフードを頭から被り、前だけをじっと見つめている。真剣そうな表情を浮かべているように見えるが、単に臭いがとんでもないだけだ。
獣や血の臭いは当たり前で、街ならば投獄されるような薬草の匂いも漂っている。おまけに、外には魔道具もほとんど無いため、出したら窓から放り捨てられる。
馬から妙な音が聞こえた。
何かを踏んだ感触だけが伝わるが、アリアは視線を固めたまま動かそうとはしない。
それに対し、ノリスは顔色ひとつ変えてはいない。無論、視線は感じているのだか、そこには彼の荷物と彼自身への興味が感じられる。
女の香水の臭いと絡み付くような視線には顔を
スラム街を通り過ぎると、目の前に城壁の門が姿を現した。
両側には衛兵が立っており、四六時中警戒に当たっている。彼らは、時間が来ると門を閉じ、次の日の早朝まで決して開くことはない。
例外があるとすれば、王家の鑑札を持った使者か、神官ぐらいだろう。
二人は列の最後尾に並び、自分の番を待った。後ろにもチラホラと隊商や旅人が並び、退屈そうに前を眺めていた。
「次!」
やっと自分達の番になると、アリアは馬を進めた。
衛兵は、アリアをチラリと見ると、ノリスを見て体を仰け反らせた。
「どうぞ」
懐から木札を二枚取り出すと、アリアは衛兵に渡した。
それは、王国が発行した通関証であり、これが無いとまず門は通れない。芸人などは例外的に通ることが出来るが、それは見ただけて商売か判別出来るからだ。
「アルノア村のアリア・ウェンズワース。職は……薬師か」
「はい」
衛兵が問うと、アリアは頷いた。
「で、こっちのが……護衛士のノリス・マッカートだな」
「そうだ」
護衛士とは、その名の通り護衛を専門にする戦士の事である。冒険者とは異なり、長期間個人や商館などに雇われ、剣を振るう。
凄腕ともなれば、騎士への叙勲すらある仕事だか、衛兵が気にしたのはあまりに大きな荷物だ。
「こ、これは?」
「アリアの荷物と俺の仕事道具だ」
「馬に載せればよくないか?」
「これでいい」
「そ、そうか」
困惑する衛兵だったが、手配もされていないし、通関証には護衛士ギルドの証印も記されている。
「通ってよし!」
こうして、二人はハルマーへと入った。
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