よくない部員

菅谷安賀

よくない部員

キーン コーン カーン コーン


 9月の残暑にバテたような気だるいチャイムが鳴る中、僕は自習室の扉を開く。冷房に冷やされた空気が蒸し暑い廊下に流れ込み、一瞬身震いする。

 入室し、手ごろな席に腰掛け、テキストとノートを広げる。


「やるか……」


 僕はペンを持ち、問題に向かう。


 外からは吹奏楽部の練習する音が聞こえる。時期的に恐らく文化祭の曲だろう。新チーム最初の演奏、単純に考えればチームで一番下手な演奏になるはずなのだが、なんだか上手く聞こえる。


 その音を聞きながら、僕は自分の部活のことを思い出していた。




「──高校、銀賞」


 あの夏の日、僕たちのチームの夢は潰えた。地区大会を突破し、今年こそ関東大会へと挑んだ県大会、結果は銀賞。コンクールが終わった。


 あの時、僕は「悔しい」という感情が湧いてこなかった。涙の一滴も出なかった。ああ、僕らは他の金賞の演奏より下手くそだったんだな、それだけしか思えなかった。みんなが真っ赤になって泣く中、僕はいたって冷静だった。みんなの中に入れなかった。一刻も早く離れてしまいたかった。


 思えば僕は決してよい部員ではなかった。真面目に練習してきたかと聞かれればイエスとは言えない。そのくせ演奏が上手いわけでもなかった。なにか役職に就いてみんなのために働いてきたわけでもなかった。教えるのが上手いわけでもなかった。


 そんな僕でも引退式では先生からお言葉をもらって、後輩から泣きながら色紙をもらった。その色紙にはいろんな感謝の言葉が書かれていたけどどれもいまいち身に覚えがなかった。はて僕はそこまで一生懸命後輩を指導しただろうか。僕みたいな演奏なんか目指すな下手だから。そんな風に思った。そして、そんな風に感謝を素直に受け取れない自分に嫌悪した。


 そんな風に迷惑かけて、まるで貢献しなくて、結果も残せなかった。はたして僕の3年間は間違っていたのだろうか。こんな中途半端ならさっさとやめてもっと別のことをやった方がよかったんじゃないか。そうしなかった理由は簡単だ。僕の高校生活でとりあえず何かに取り組んでいたという実績が欲しかっただけだ。それで選んだのが吹奏楽部だ。それ以外できる気がしなかったのだ。結局吹奏楽部なのだ、消去法で。ああ嫌だ。最低だ。僕は他の部員をなんだと思っているんだ。失礼じゃないか。




「帰るか」

 そんな考え事をしていたら勉強する気も失せてしまった。ああ嫌だ嫌だ。結局なにもかも中途半端なままじゃないか。


 駅まで歩いて、電車に乗って、家に着く。僕は自室に向かうと、ひとつの箱を取り出した。中からは少しくすんだ銀色に光るトランペット。高校入学祝で祖母に買ってもらったものだ。引退してから一度も吹いていない。何を思ったか、僕は少し吹いてみることにした。


 持ち上げたそれはびっくりするくらい重かった。僕はマウスピースを付け、現役時代のように息を吹き込んだ。いつもやっていた簡単な基礎練習、ロングトーン。単純なつまらない音は遠くに伸びて、息が苦しくなってやめた。トランペットを降ろした。びっくりするくらい重くて、僕はそれを床に置いてしまった。


 まるで僕の楽器がこう言ってるようだった。お前にもう資格はない。なにもかも中途半端なお前には、もう資格はない。


 ああ、僕はもう吹けない。なんてことだ。だが、当然の報いだ。誰にも貢献せず、誰にも共感せず、自分にすら満足しなかった僕への報いだ。僕は音楽に拒まれた。その思い出に拒まれた。


 ああ嫌だ。やっぱり間違いだった。吹奏楽部なんて入るんじゃなかった。嫌だ嫌だ。


「ごめん……ごめん……」


 僕はその場に座り込んでおいおい泣いた。


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よくない部員 菅谷安賀 @sugasugayassuu

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