第67話 人狼ゲームと清美は言う その六



 マデに逃げられたので、龍郎たちはさきへ進んだ。

 村の車道を歩いていると、あちこちで畑や田んぼの農作業の手を休めて、ウワサ話に花を咲かせる村人の姿がある。人間が野生動物に襲われることは、まれにあるかもしれないが、被害者が亡くなり、遺体が異常な状態だったから、村人の関心は今、ディンダの事件に集中している。


 おかげで、さりげなく井戸端会議にまざり、あいさつついでにその人たち全員と握手することが簡単にできた。この日だけで、龍郎は一生ぶんの握手をしたと思う。握手会のアイドルの気分が味わえた。


「怪しい人はいませんね」


 やはり、清美の言うとおり、さっきディンダの家の前にいた人物のなかにマイノグーラはまぎれこんでいたのだろう。その人たち以外と握手をしても、なんの意味もないことがわかった。


「本柳くん。私はこのあたりの伝承を聞き集めに行こうと思う。ジャワ語は私も話せるから問題ナッシングだ。清美くん、助手としてついてきたまえ」と、途中で穂村が言いだした。


「えっ? わたしですか? イヤですよ。イケメンのイチャラブが見れないじゃないですか」

「しのごの言うな。いいから来なさい」

「えーッ!」


 穂村にひきずられて、清美も去っていく。それはそれで二手にわかれて握手する機会が増えたので、龍郎としても助かる。


「えーと、英雄さん。さっき名前をうかがった人たちと会いたいんですが、できますか?」

「あっ、この近くにラマディンの家がありますね。行ってみましょう」


 並木道というには密生しすぎたヤシの木のあいだに、アグンはわけいっていく。坂道をくだったり、のぼったり、中途に泉があったりと、ちょっとしたハイキングだ。

 獣道のような細い道が、二又になっていた。

 その一方へ進もうとするアグンの背中に、龍郎はたずねる。


「このさきには何があるんですか? 人家ですか?」


 アグンは首をふった。


「そこはとなり村へ行く道です。細くて車も通れないので、今は使う人いなくなりました」

「旧道ってことですか」

「そうですね。人間一人通るのがやっとの山道で、崖もあるし危ないです」


 たしかに、そこから田んぼも見えなくなるし、木々が容赦なく繁茂はんもして、うっそうとしている。片田舎の村のなかでも、とくに郊外の村外れだ。


「ここです。ここが、ラマディンの家」


 アグンが赤い花の咲くサルスベリの木の向こうを示した。

 畑と水田が周囲にあって、ラマディンの姿も見えていた。


「スグン・シヤン」


 アグンがバリ島での“こんにちは”のあいさつをする。が、ラマディンはなぜかおびえた。龍郎たちが近づいていくのを見ると、悲鳴をあげて家のなかへかけこんだ。


「……英雄さん、嫌われてますか? ケンカしたとか」

「まさか! 心外ですね」

「すいません。じゃあ、おれか青蘭が怖がられてるのかな?」

「あいつが悪魔なんじゃないの?」と、青蘭は無責任に言い放つ。


 農作業をしている彼の兄弟や両親の話は聞けたが、ラマディンは家から出てこなかった。ちなみに家族は全員、龍郎と握手をしてくれた。


 アグンはラマディンとも幼なじみではあったが、ムリやり家のなかに押し入っていくほど親しいわけではなかった。どうしようもないので、ここは撤退しておく。


 あの二又のわかれ道まで戻ってきたとき、青蘭が足を止めた。


「どうしたの? 青蘭。疲れた?」

「そうじゃないけど、なんか、気になる匂いがする」

「えっ? どこから?」

「こっちのほう」と、となり村へ続くという山道の入口を指さした。


 龍郎は道をのぞいてみた。

 深い山のなかへひっそりと続く暗い道。石がゴロゴロして歩きにくそうだ。手入れもされていないようで、今にも草に侵食されそうになっている。


「ちょっと、行ってみてもいいですか?」


 龍郎がたずねると、アグンはうなずいた。

「別に何もないですが、かまいませんよ。危ないので気をつけてください」


 龍郎は青蘭の手をとって、乾いた土の道にふみいった。起伏があるので、石をふむところびそうになる。これだから新しい道路ができたとたん、使う人がいなくなったのだろう。


 十メートル、二十メートルと進んでいくと、片側が崖になった。もちろんガードレールなんてないので、より危険が増す。


 さらに数メートル進む。

 とつぜん、青蘭が立ち止まった。


「この近くから強い匂いがする!」

「どこ?」


 いや、聞くまでもない。

 龍郎にもなんとなく青蘭の言う“匂い”が感じられた。悪魔の匂いとも違うのだが、異質な何かの発するものだということはわかった。


「……このへんだな」


 道脇の茂みをかきわけると、その向こうに空洞があった。たれさがるツタや木の根のせいで隠れていたが、そのさきが洞穴になっていたのだ。


「なんだろう。ここ?」


 なかは暗くてよく見えない。

 コウモリが数匹ぶらさがっていて、光におどろいたのか、キキキと鳴きさわいだ。


「英雄さん。ここ、なんだか知ってますか?」


 ふりかえると、アグンの顔色が青い。


「どうかしましたか? 英雄さん」

「……ここです。ナシルディンが以前、ここを調べていました」

「えっ?」

「私も正確な場所は聞いてなかったんです。でも、村のどこかに秘密の洞窟がある。そこが伝承の場所なのかどうか調べているんだと話していましたね。今、この場所を見て思いだしました。たぶん、ここがナシルディンの言っていた洞窟です」


 ナシルディンが調査していた洞窟。

 それは彼が消えたことと関連があるかもしれない。


 龍郎は青蘭のおもてを見た。

 青蘭の目は、やはりアイラブユーと言っている気がしたが……。


「ここ、調べてみよう」


 龍郎は先頭になって、洞窟のなかへと入りこんだ。




 了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る