第60話 無限階段 その三



 亡者だ。

 亡者の群れが押しよせてくる。


「青蘭。起きて。青蘭。大変だ」


 ゆりおこすと、青蘭は可愛いアクビを龍郎に見せてから、それに気づいた。


「亡者だ」

「ああ。六路村のときといっしょだ」

「さっき、リンボで六道が見えたよね?」

「見えた」

「だからかもしれない。六道がある場所には亡者があふれてる」

「でも、六路村ではゲートをひらいたヤツがいたからだった」

「じゃあ、ここでも誰かが、それをしたんだ」

「誰かって?」

「新手の悪魔じゃないの?」


 たしかに、そうだ。

 龍郎たちは体内の賢者の石を狙われている。悪魔たちが個別に襲ってきているのか、結束しているのかはわからないが、一つだけたしかなのは、彼らは賢者の石を手に入れるためなら手段を選ばないということだ。


「逃げよう。青蘭」

「うん」


 亡者は一体ずつは弱い。

 だが、数が多い。

 相手にしているとキリがない。


 龍郎たちは階段をかけあがった。

 少し休んだので体力は回復している。

 亡者の動作は鈍いので、なんとか差はひらいていく。ふだんなら、これで逃げきれるのだが、この無限階段のなかでは、そうもいかない。三十分ほども走ると、やはり呼吸が乱れる。

 だんだんスピードが落ちて、亡者たちに追いつかれてしまった。


「やっぱり、戦うしかないのか」


 龍郎は荒い息をついて立ちどまる。

 すると、二人のあとをついてきていた狼が、くるりときびすを返した。亡者の群れに向かっていく。

 階段を這いずりながら追ってくる亡者を切り裂き、噛みくだく。亡者は狼の爪にかかると、かんたんに消滅した。人魂になって地獄の底の大鍋へ逆戻りしていく。


(変だな。あれ、退魔してるんじゃ?)


 てっきり冥府の番犬だと思ったが、違うのだろうか?

 ケルベロスは伝承では犬だが、あれはどう見ても狼だ。それに翼も生えている。

 青蘭はあれを見て、なつかしいと言った……。


「青蘭。歩ける? このあいだに逃げよう」

「うん。でも……」


 青蘭は狼のことが気にかかるようだ。

 ここで置いていけば、もう二度と会うことはないだろう。

 亡者の数にかぎりはない。

 あの狼がどんなに強くても、いつかは力つきる。


 しかたなく、龍郎は退魔の剣を呼びだした。


「青蘭はここにいて」

「大丈夫。このていどのやつらなら、ロザリオでやれるよ」


 青蘭は首にかけていたロザリオを手に持ちなおす。青蘭の父、星流の形見の品。


 しばし、二人と一匹で波のように押しよせる亡者を滅却した。一人を退魔しても、そのあいだに二人、三人の亡者が下からやってくる。ほんとにキリがない。ちょっとずつ押されてあとずさりながら、囲まれないようにするので精一杯だ。


 これではダメだ。

 たぶん、亡者に龍郎たちを倒す力はない。そのかわり数で包みこんで、どこかへ運ぼうとしている。おそらくは彼らをあやつっている術者のもとへ。疲労しきった龍郎と青蘭を捕らえ、らくらく殺して玉を奪う心算なのだろう。


「くそッ。どうにかして出口を見つけないと」

「たぶん、空間を歪ませて出口と入口をつないでるんだ。直線を円にすることで無限に終わりのない階段を造りあげている。その魔法を解けば……」


 結界を解くには、そこを作っている術者を倒せばいい。しかし、この無限階段は大勢の魔王たちが共同で造ったものだ。それら魔王全員を倒すことなどできない。


(空間をやぶることさえできれば……)


 天使たちにはそういう能力があったらしい。異次元から異次元へ飛ぶ力だ。


(天使、か。青蘭はもと天使だけど、ムリだろうな。体は人間なんだし)


 いや、厳密には人間ではないのかもしれない。悪魔の体を母体にしているのだから。

 しかし、天使ではない。

 アンドロマリウスに天使と同じ飛ぶ能力があったかどうかが重要になってくる。もし、アンドロマリウスにその力が備わっていたのなら、青蘭にも飛翔の力を使いこなせるに違いない。


 疲労の色濃い青蘭に声をかける。


「青蘭」

「……うん?」

「どこかに空間のひずみとか、外の匂いとか、感じない?」

「感じないよ」

「ほんとに?」

「……試してみる」


 青蘭は一歩さがって目をとじた。

 意識を集中しているらしい。


 龍郎は時間かせぎのために右手をかかげた。苦痛の玉から浄化の光が発すると、一度に数十の亡者が消える。


 でも、それも際限なくできるわけではないと、龍郎は自覚した。

 もう一万か二万の亡者は浄化しただろうか?

 最初は苦痛に思わなかったが、今はそれをするごとに両肩が重くなり、全身がしびれてくる。脱水症状にも似た感覚。浄化のたびに、龍郎の体力を消費しているのだ。


「青蘭? どう?」


 青蘭は首をふった。

「ごめんなさい。やっぱり、ムリ」

「いや、いいよ」


 それはそうだ。

 アスモデウスのころの記憶もあいまいなのに、天使の能力を発揮しろと言われても、容易にできるわけがない。


(せめて、こいつらの手の届かない場所で休むことができたら……)


 意識がとびそうになる。

 青蘭もロザリオを手に、ふたたび、亡者の胸に突き刺していくが、足元がふらついていた。ふらふらと倒れかける青蘭を、龍郎は抱きとめようとした。が、一瞬、遅れる。


 よろめく青蘭を支えたのは、狼の巨体だった。

 その瞬間、ぐうぜん、青蘭の手が狼の前足の枷にふれた。

 まぶしい光がスパークした。

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