第三十一話 サンダリン

第31話 サンダリン その一



 血が流れる。

 緑色の血が。

 激痛がたえまなくサンダリンを襲う。

 だが、その痛みをこらえ、サンダリンは女王の前にひざまずいていた。


 女王の塔内部。

 巨大な玉座の前に、女王は座している。


「申しわけ……ありません。陛下。賢者の塔を守れませんでした」


 いらえはない。

 見下したような女王の視線が、片翼になったサンダリンに浴びせられた。サンダリンは痛いほど、それを感じる。


 やがて、女王の声が響く。


「無様よな。サンダリン。そちは螺旋の巣最強の戦士ではなかったのか? なんだ? そのざまは」

「ハッ。申しわけ……ありません。油断しました。敵は星の戦士、あなどれぬと心しておれば、このようなことには……」

「わかっておろう? そなたは天使だ。天使は戦うこと以外に価値などない。敵を倒せぬ天使など不用ぞ」

「仰せのとおりにございます」

「必ずやヤツの首級をあげよ。そして、わらわに苦痛の玉を捧げてみよ。でなくば、次はないぞ?」

「御意」


 サンダリンは女王の次の言葉を待った。いまだ無自覚とは言え、相手は星の戦士だ。サンダリン以外の誰も太刀打ちできない。それは女王も知っているはず。何かしら、ねぎらいの言葉があるのではないかと期待した。


 だが——


「何をしておる? とく去れ」

「はっ……」


 冷たい一言がサンダリンを追いやる。

 しかたなく、サンダリンは立ちあがった。よろめくようにして女王の塔を退出する。


(次はない……か)


 戦えない天使など用済みというわけだ。それは、いたしかたない。天使は戦闘用の駒だ。


 しかし、かつて、サンダリンは王子だった。生まれてきたときは普通の男子だったのだ。


 なぜ、こんなふうになったのだろうと思う。


 第二次性徴期にかかる直前、とつぜん背中に羽が生えてきた。それは本来、王子や王女が繁殖期を迎えたときに起こる現象だ。


 なぜか、サンダリンはその時期を待たずして翼が生じた。翼の放つホルモンによって、男子の機能が抑制されたと賢者たちは言った。


 つまり、もともと成長が終わったときに、そこで体内の時間を止めるために放出されるホルモンを作りだす機関が、羽のつけねにある。サンダリンは成長期前に羽が生えてしまったため、性分化が未発達のまま時が止まったのだ。もとが男なので体だけは並の天使たちより大きくなったが、男としての機能はない。


 その瞬間に、サンダリンは王子ではなくなった。王子は将来、女王のつがいとなるための存在だ。天使にくらべて圧倒的に数が少ない。女王が天使を生み続けるために、なくてはならない存在。巣の繁栄をになう大事な役目を背負っている。


 だから、王子は大切にされる。

 子どものころは何十人という天使がかしずき、お世話する。栄養をたっぷり与えられ、大きく育つように。

 そして、成長期に入ると、王子の塔のなかで、そのときを待つ。女王に選ばれ、王となる日を。機械の見せる夢のなかで。



 ——愛しい坊や。わたしの可愛い子。早く大きくなるのですよ。大きくなって、一人前の男になってね。



 サンダリンも、女王からそう言われて育った。

 卵からかえったあと、ずっと、母の愛に包まれて幸福だった。

 そのまま、大人になって自分が王になる順番を待ちながら、母の夢を見続けるのだと思っていた。そして、いつの日にか、母と結ばれるのだと。


 だが、今のサンダリンには、母の愛情はそそがれない。冷たくあしらわれ、侮蔑の目をむけられる、男のなりそこないでしかない。


 すべてが憎い。

 この世のすべてが、憎く、怨めしく、苛立たしく、汚く、うとましく、おぞましく、抑えがたい憤りを生じさせる。


 せめて、天使として有能ならば、母に愛されるかと思ったが、そんなものは儚い空想にすぎなかった。


 母にとって天使は替えのきく消耗品でしかない。

 たとえ、それがどんなに勇猛で、強い戦士だとしても。


(もう二度と、以前と同じ慈愛のこもった目で、母が私を見ることはない)


 あなたは私が死にかけていても、まだ戦えと言う。

 ああ、優しいあなたは、どこへ行ってしまったのだ?


 なぜか、涙がこぼれた。

 女王のために戦い、女王のために死ぬのは、天使としてあたりまえのことなのに。


 ポタポタ。

 ポタ。ポタポタポタ……。


 内からあふれ、したたりおちる。

 血も。涙も。


(ママ。あなたに愛されたいのです……)


 息も絶え絶えで、サンダリンは賢者の塔へとむかっていた。とにかく血を止めなければ、本当に死んでしまう。年をとった天使は、怪我をしても衰弱しても放置されるが、まだサンダリンは巣に必要なはずだ。少なくとも戦闘要員として。


 賢者の塔の実験室で治療を受けた。

 ちぎれた羽の根元をきつく縛り、止血をされる。


 そのとき、サンダリンは手術台の天井の鏡に映る自分の姿を見た。

 瞳の色が片方、変わっている。

 天使になったとき異様な光を帯びた、青と金の二重になった邪眼。

 だが、今は片方だけ普通の青色に戻っている。羽のへし折れた右目のほうだけ。


(天使の力が薄れた……のか?)


 ともかく、止血されると、いくらか気分がマシになった。時間さえかければ回復するだろう。ただし、今は時間の猶予などない。


 サンダリンは星の戦士を捕らえるために、すぐに立ちあがった。

 次こそは必ず倒すと心に決めて……。

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