第三十話 五の世界

第30話 五の世界 その一



 耳元でにぎやかな音がする。

 しだいにその音が大きくなり、夢にさ迷う意識を無慈悲に覚醒させる。


 龍郎はとびおきた。


 どこかで黒電話の音がしている。

 子どものころに実家に置かれていた古い固定電話の呼び出し音だ。


「なんだ? コレ。どこから音が……」


 殺風景な室内。

 あいかわらず、幽閉の塔の一室のようだ。ベッドに寝かされて、あの変な機械をとりつけられている。


 龍郎は長いコードのついた電極のような装置を体のあちこちから、むしりとった。いつのまにか白い囚人服に着替えさせられている。


 電話のベルの音は、その服のポケットから響いていた。手を入れると、そこにスマートフォンが入っていた。自分のスマホだ。それにしても、設定していた音と違うが、うるさいので、とりあえず、電話に出る。


「はい。本柳です」

「あっ、やっと起きたー。ダメですよぉ? 夢の機械に捕まってたでしょ? ちゃんと起きてくださいねぇ」


 信じられない。清美だ。


「なっ、なんで清美さんが? これ、夢のなかじゃないのか?」

「夢です。でも、宇宙のどこかにほんとに存在している邪神の世界に、夢のなかの意識という形で侵入してるわけです。その世界は地球より高度な文明なので、夢の精神を捕縛しておく機械があるんですよ。次は捕まらないように気をつけてください」

「……この電話、どうやってつながってるの?」

「わたしも寝てますんで、夢のなかで電話かけてます」

「清美さん……」

「はい?」


 なんだか清美の評価がウナギのぼりだ。こんなスゴイ技が使えるなんて、ほぼ夢魔と言って過言ではない。


「いや。ありがとう。助かったよ」

「はいはい。もしもまた捕まったらお助けしますねぇ。おやすみなさーい」


 電話は切れた。

 しかし、おそらく、夢につなぐ機械に精神をとらえられると、自力で脱出は不可能なのだと思う。その機械の呪縛をやぶってくれたことには感謝の念が絶えない。


(目がさめる前、リエルと話してた。リエルは次は五の世界だと言った。つまり、ここは五の世界ってことか)


 窓辺に行って、外をながめる。

 幽閉の塔のとなりは王女の塔だ。

 王女の塔のてっぺんは、たしかに崩れていた。この前の四の世界で、龍郎が七つの像が重なる瞬間に魔法媒体を破壊したからだ。


 かすかに希望がわいてくる。

 これなら、女王を退治することもできるかもしれない。


 それに、リエルは、こうも言った。

 二の世界の青蘭は生きていると。

 龍郎が見たのは自ら女王の塔に入っていく青蘭だ。なんだか、あのときの青蘭は変だった。何かを企むような目つきをしていた。


 理由はわからないが、それでもいい。

 青蘭がたった一人でも生きていてくれるなら、このさきの救いになる。


(たぶん、青蘭が瑠璃として現実世界に現れるのも、この機械に本体が囚われているからなんだな。どの世界の青蘭の夢なのかわからないけど)


 ここが五の世界なら、ここにも青蘭がいるはずだ。


 龍郎は青蘭を探すために、牢屋をぬけだした。以前、一の世界でしたように、壁ぬけの技を使えば、脱獄は簡単だ。なんなら廊下を使わず、牢屋から牢屋へ個室をすりぬけることもできる。


 いくつかの部屋のなかを通りぬけたが、ほとんどは空室だった。なかには囚われている男もいるが、例の機械につながれていたり、無気力で話すこともできない状態だったりした。そのなかには、冬真の姿もあった。ゆり起こしたが反応はない。


 螺旋の巣では、こうやって精神を封じておくことで、虜囚の行動の自由を奪っているのだ。


 ルリムが言っていた、女王に忠誠を誓うということは、それなのだ。反逆の意思なしと示すために、一生涯、囚われの身となる。夢のなかの儚い人生だけを、ゆいいつの喜びとして。


 ルリムがそうなりたくないという気持ちはよくわかる。そんなのは生きているとは言えない。死んだも同然だ。生きながらにして死んでいる。


(青蘭はいないのか?)


 一番下の出入口に近い牢屋から、一室ずつ全部まわってみた。が、龍郎がいた部屋より下には、青蘭はいない。上の部屋も調べてみる。隣室には思いがけない人物がいた。


「フレデリック神父」


 神父も機械につながれていた。

 龍郎は神父の頭部にとりつけられた鉄の輪のような器具をとりはずした。とたんに、神父が起きてくる。


「やあ。ありがとう。どうも面目ないところを見せたね」

「まあ、しかたないです。この機械の見せる夢の世界からは、自力で覚醒することができないみたいなので」

「すまない。借りができた。しかし、おかげでいいこともあった。夢のなかで、二の世界にいるソフィエレンヌさまとコンタクトがとれた」

「二の世界……」


 たしかに龍郎の夢のなかでも、リエルは二の世界のことを言及していた。彼は今、二の世界にいるということか。


「四つの塔にある魔法媒体をすべて破壊しなければならないんだろう? 龍郎くん」


 神父はリエルから聞いたらしく、事情に通じていた。


「フレデリックさん。あなたとは三の世界ではぐれた。あのあと、あなたはどうなったんですか?」

「私も三の世界では、どうなったのか、その後わからない。目が覚めて現実世界に戻ってしまったんだ。そして、朝早くにソフィエレンヌさまから通信が入ったので、今は別の場所からこの世界に侵入している」

「なるほど。あなたたちの組織の力で、こっちに来てるのか」

「そういうことだ。正直に話せば、ルリム・シャイコースの涙を、我々の組織も所持していたのだ」


 そう言って、神父は赤い石のついた指輪を龍郎に見せた。あの不吉な目玉のような模様のある赤い石だ。


「わかりました。じゃあ、すでに、あなたがたも、この世界で行動してるってことですね」


「そこでだ。今後だが、二手にわかれて、媒体を破壊しよう。わたしは君のように壁ぬけなどはできない。この世界のセキュリティは私の技術では解錠が難しい。なので、私はこのまま、この塔の頂上をめざす。君は他の塔へ向かってくれ。そのほうが、戦闘天使にかこまれたとき、二人いっぺんに捕まる恐れがないだろ?」


「たしかに、そうですね。じゃあ、おれは、ここから近い賢者の塔へ行ってみます」


 そういう相談になった。

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