第28話 三の世界 その三
「やめろォーッ!」
叫んだ瞬間、龍郎の手元から金色の光があふれた。プラチナのようなあのパイプを無意識に女王に向かってかまえていた。光線は女王の体にあたる直前で屈折した。銃弾が障壁にあたり跳弾するのに似ていた。
何かの力が女王を守っている。
それをとりのぞかないかぎり、女王を傷つけることはできない。女王への攻撃は、すべて受け流されてしまうのだ。
龍郎の見ている前で、無慈悲に女王は青蘭を飲みこんだ。青蘭のなかの快楽の玉の発する光が、女王の体を透かして見えた。
その光がゆっくりと移動していく。女王の口中から喉を通って、胸のあたりへ。
「くそッ! くそォーッ! この化け物ッ!」
龍郎は泣きながら、女王に突進していった。怒りのまま、素手で女王の足を殴る。パァーンと銃声のような音と光が、龍郎のこぶしと女王の足の甲のあいだで走る。女王はよろめいた。龍郎の殴ったあとが黒く焼け焦げている。
なぜかはわからないが、攻撃が効いている。たぶん、苦痛の玉の力だ。でも、その攻撃も、ほとんどは女王を守る壁にさえぎられた。
女王がこうるさげに足をあげる。大きくスウィングして、龍郎は再度、はねとばされた。そのまま、意識が遠のいた。
気がつくと、龍郎は暗闇に倒れていた。景色が一変している。のっぺりした灰色の壁を黄色い光が照らしている。地下室だ。現実世界に戻ってきてしまったのだ。
(悔しい……)
悔しくて、悔しくて、涙が出る。
また青蘭を守れなかった。それどころか、自分の見ている前で喰われてしまうなんて。
(青蘭……)
もう三度も失敗してしまった。
これ以上、同じことをくりかえすことは許されない。今度こそ、必ず成功しなければ。
地下室のなかに、瑠璃の姿はなかった。神父もいない。
むしょうに体力を消耗していた。
龍郎はやっとの思いで地下室を出た。一階にある客間へ帰っていく。
瑠璃や神父はどうなったのだろうか?
気にはなったが、部屋の扉をあけたところで、倒れるように眠りこんでしまった。
翌朝。
龍郎が目がさめたときには、すでに九時をまわっていた。朝日がまぶしい。
食堂へ行くと、冬真の祖父母がちょうど食事を終えて、部屋に帰っていくところだった。透子が食器を片づけている。食卓には勝久がいて、コーヒーをすすっていた。
昨夜、勝久は透子に殺された。
でも、朝にはこうして生き返って、普通に生活している。
何かがおかしい。
「あら、お客さん。あなたも朝食にしますか?」
透子がふりかえり、龍郎に声をかけてきた。その顔を見て、龍郎は驚愕した。わかったのだ。昨夜の女王が誰に似ているのか。半透明の変な色の皮膚ではあったが、あの顔立ちは、透子に生き写しだった。
(……どういうことだ?)
青蘭が昨日、言っていた。
瑠璃は魔界に囚われた青蘭の見る夢のなかでの姿だと。
だとしたら、透子は螺旋の巣の女王が、夢のなかで自分の姿を投影しているのだろうか?
このありふれた人間にしか見えない家族が、本性は魔界の住人だというのか?
とりあえず、龍郎はこっちの世界の青蘭の安否を確認するために、食堂を出ていった。二階へ行く。瑠璃の部屋は昨夜の騒ぎがあった、あの場所だ。
部屋の扉の前に立つと、なかから話し声が聞こえた。冬真の声だ。もう一方は瑠璃のようである。ちゃんと、こっちに戻ってきてはいるのだ。たとえ、それがほんとの青蘭ではないにしても。
ほっとして、扉をあけようとした。が、そこで龍郎は硬直した。
瑠璃と冬真がキスしている。しっかり抱きしめあって、それはまるで愛しあう恋人の仕草だ。
これは青蘭じゃない。夢のなかの青蘭の混乱した意識が作りだす幻だ。
そうは思っても、胸の奥がジクジクと
恋人のこんな姿は見たくない。
でも、これは青蘭を守りきれなかった自分への罰なのだと、龍郎は自らを戒めた。青蘭を救えていれば、今、自分がこんな思いをすることはなかった。
冬真に殴りかかりたい気分を抑えて、龍郎はドアをそっと閉めなおす。そして、あらためてノックした。
しばらくして、なかから返事があった。
「誰?」
「龍郎です」
「待って。今、あけるから」
ドアがひらき、瑠璃がそこに立っていた。龍郎を見ると、ほんのり嬉しいような悲しいような顔をする。早く、いつもの笑顔をとりもどしたい。
「何か?」
「冬真が来てるかなと思って。冬真と話したいんだ」
そう言って、龍郎はごまかした。
どうやら、冬真と瑠璃は兄妹で禁断の恋に陥っているらしい。だから、冬真の龍郎に対する当たりがキツイのだ。
清美によると、冬真には青蘭のことが本物の瑠璃に見えているらしい。
つまり、冬真の恋人は、今の青蘭の幻が化身した瑠璃ではなく、実の妹の瑠璃ということになる。
(歪んでる)
瑠璃は義理の父の勝久からの
この屋敷のなかは、瑠璃を中心にして、すべての関係がいびつに曲がっている。
もしかしたら、それがこの家と螺旋の巣が通じていることに関係があるのかもしれない。
「おれに話って?」
戸口にやってくる冬真を龍郎は手招きして、廊下のかどまでつれていく。
「冬真。おれが最初に一の世界へ行ったとき、君は幽閉の塔に囚われていた。今年の祭はもう終わったと言った。おれよりもよく、あの世界について知ってたんだ。冬真。正直に話してくれ。君はあの世界の住人なのか? 君の魂は、現実の世界とあの世界を行ったり来たりしてるんだろ?」
冬真はじっとりとした目つきで、龍郎をにらんでくる。やがて、ため息をついた。
「そうだよ。言ったろ? 家族が全員、仮死状態になるって。あの状態になりだしたころから、あの夢を見るようになった。ただの夢だと思ってたんだ。でも、あれは夢じゃないんだな?」
「そうだ。あれは悪魔が魔法で作りだした世界だ。君たち家族の魂は、どうもあの世界に捕まってしまってる。だから、仮死状態になったり、毎晩、殺しあっては翌朝に生き返ったり、異常なことが起こるんだ」
「もしかしたら、そうかなとは思わなくもなかったんだ。でも、あの夢を見てるのは、おれだけみたいだから、関係ないのかなと」
「関係はある。あの世界を破壊しないかぎり、君も、君の家族も救われない。永遠にこの地獄をくりかえすだけだ。だから、教えてくれ。あの世界の秘密を、君は何か知っていないか?」
冬真は考えこんだ。
長いこと思案して、ようやく、こう答えた。
「ルリムっていう天使が言ってたんだけど」
「うん?」
「あの世界には、隠された真の世界があるらしい。七つの世界がすべて同じ答えを出したとき、真の世界が暴かれる——そう言っていた」
隠された真の世界。
そこにこそ、邪神の本体がひそんでいる。
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