第24話 ザクロ館 その五



 龍郎が戸惑っていると、冬真が言いだした。


「龍郎くん。おれの部屋に来なよ。まだ帰らなくてもいいだろ? 昔のこととか、いろいろ話したい」

「あ、ああ……」


 でも、青蘭から目を離したくない。

 龍郎が迷っていると、それを察したように、清美が口をひらく。


「あっ、じゃあ、瑠璃さん。わたしたちは女同士で遊びましょう。ガールズトークってやつですね。瑠璃さんのお部屋、どこですか?」


 今日の清美はデキる。

 いつもとは一味違っていた。


 清美がそばについていれば、ひとまず青蘭の身は安心だろう。

 龍郎は清美と目を見かわしたあと、冬真についていった。


 古い洋館のせいか、照明が薄暗い。

 燭台を置いてきたが、持っていたほうがよかっだだろうか?

 さっきのように、いつまた、とつぜん停電するかわからない。あの停電じたいも、なぜ起こったのか。落雷などもなかったし、節電の計画のある地域ではない。冷暖房を使う季節でもないので、一時的に電力を使いすぎたわけでもない。


 そんなことを考えながら、冬真のあとを歩いていく。

 一階の中庭の見える一室に通された。さきほどの食堂と対角線上の位置になる。この屋敷は中庭を囲むコの字型になっていた。


 窓から見ると、中庭にもザクロの木があった。


「ザクロって、人間の味がするんだってね」


 龍郎は清美から教わったばかりの知識を披露する。

 冬真はうなずいた。


「ほんとにザクロの味なら、人間って、けっこう、フルーツ風味だ。でも、あれって、鬼子母神にお供えするから、そんなふうに言われるだけだよ」


 冬真のほうが、よく知っていた。

 冬真は青ざめたおもてに憂いを秘めた表情を浮かべ、窓ぎわのベッドに腰かけた。


 八畳ほどの部屋だ。

 ここにも古めかしい調度が置かれている。デスクの上には、シェードのランプ。冬真がランプにふれると、ブランデー色の光が室内に揺れる。


「さっき、停電があったよね?」と、冬真は言った。


「ああ。あったね。このへんは停電、よくあるのかな?」

「うん。しょっちゅう。でも、それはこの家だけなんだ」

「えっ?」


 龍郎は驚いて、冬真の顔を見なおす。食堂が消灯しているあいだ、この人たちは死んでいた。そのあいだの意識はどうなっているのだろうと、ふと思う。


「……もしかして、自覚があるの?」


 聞くと、冬真は深々と苦悩の吐息をつく。


「あるよ」

「あるのか……」

「だから、言ったろ? 病気なんだって。なんて言うんだろうな。仮死病とでも言うのかな? おれや、おれの家族は、暗闇のなかで仮死状態になってしまうんだ。家族は気づいてない。おれだけ、なんとなく、そのあいだも周囲のことが見えていて……」

「でも、せ……瑠璃さんは起きてたぞ」

「瑠璃は症状が軽いんだと思う」


 青蘭の状態はそういうものではない気がする。端的に言えば、記憶喪失だ。自力で魔界から逃げだしてきたのかもしれない。そのときの何かの不備で、こんな奇妙な状態になってしまったのか。


「怖いんだよ」と、冬真は言った。

「なんでこんなことになるのか、わからないんだ。いつまで、この変な病気が続くのか。医者に診せれば治るのか。治らないのか。このまま、この状態が続けば、いつかはほんとに死んでしまうんじゃないか——そんなふうに思うと、どうしようもなく怖いんだ」


 それは、たしかに怖いだろう。

 自分がそんなわけのわからない状況に置かれたら、もっとあわてふためくに違いない。


(もしかして、そのことが魔界に通じてることと関係があるんじゃないだろうか?)


 たとえば心臓が悪ければ、仮死状態になることはある。日本でも医学が未発達だった時代には、一時的に心臓が止まっている状態を死亡と誤診されたようだ。葬儀の途中で死者が蘇ったと騒がれることもあったとか。


 しかし、それは特殊な例だ。心筋梗塞などの症状だったのだろうと思う。

 冬真たちのように一家全員が同時に、それもひんぱんに仮死状態におちいり、数分でまた元に戻るなんて、どう考えても異常だ。病理学的な問題とは思えない。


「いつごろから、こんなことに?」

「よく覚えてないけど、たぶん、去年の……クリスマスごろからじゃないかと思う」

「じゃあ、四ヶ月ほどか。たとえば遺伝的な病気で、先祖にも同じような症状の人がいたとかじゃないよな?」

「それは、違うと思う。聞いたことないけど、もしそうなら、祖父母か母からでも聞いたことがあるだろうし」


 それはそうだ。こんな重篤じゅうとくな症状なら、本人にも知らせておかなければ日常生活にさわりがある。


 龍郎は思いきって聞いてみた。


「もしかしてだけど、この家に地下室ってある?」


 清美がこの家の地下のどこかが、魔界につながっていると言っていたことを思いだしたのだ。


 冬真はうなずいた。

「あるけど、それが何か?」

「いや、ちょっと、そこに行ってみたいな」


 冬真は、なんで、とは聞かなかった。

 病気の話の流れで龍郎がそう尋ねるということは、何かしらのつながりがあると考えたのだろう。


「わかった。案内するよ。地下には祖父のワインセラーがある」


 ワインセラー……そんなものから魔界に行けるのだろうか?

 清美を信じてみたいが、なんとなく違和感がある。それに、今、現実世界に青蘭がいる。青蘭が自力で戻ってきたのなら、今さら魔界へ行く意味はないのだが。


(でも、青蘭のようすは変だ。記憶もないみたいだし。それが魔界につれ去られたせいなら、原因はまだ魔界にあるのかもしれない)


 とりあえず、この屋敷の地下から、ほんとに魔界へ行けるのかどうかだけは確認しておきたいと、龍郎は思った。


「お願いするよ。ぜひ、つれていってくれ」


 龍郎は冬真とともに、地下へと向かった。

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