第24話 ザクロ館 その六



 地下室へおりる階段は、食堂からさらに奥へ行った、中庭へ出るための裏口の近くにある。


 龍郎は冬真につれられて、冬真の部屋のベランダから庭にでた。幸い、この家は西洋式に土足だ。


「庭をつっきったほうが、おれの部屋からは近いんだ」

「なるほど」


 庭には外灯がない。屋敷の内部からもれる照明と、月明かりだけが光源だ。天気が悪いので、外はかなり暗かった。


「なんにも見えないなぁ」

「ごめん。おれは慣れてるから」

「いや、いいよ。だんだん目が慣れてきた」


 屋敷の電光もすべての部屋が照らされているわけじゃない。ポツポツと、ほんの数室だけ。しかし、言いわけではなく、たしかに目は慣れてきた。


 すると、前方に、ひときわ大きなザクロの木が見えた。中庭の中心あたりだ。


 ザクロの木が果たして、どれくらい大きくなるものか龍郎は知らないが、めったやたらに巨大なのは、屋敷の庭にある他の木とくらべてもわかる。大人が両手で抱えきれないほどの太い幹。四方八方に伸びた枝は、大人が乗っても充分、重さに耐えるだろう。かなりの古木のようだ。あまりにも大きいので、気持ちが悪い。ザクロの化け物だ。


 その木の下に、人影が立っていた。

 近づいていくと、青蘭だ。ザクロの木を見あげて、物思いにふけっているようだ。


「瑠璃!」


 冬真がかけよっていく。

 龍郎も追いかけて、すぐかたわらまで行った。そこまで来て、青蘭が泣いていることに気づいた。


 ズキリと胸が痛む。青蘭は、また泣いているのか。せっかく二人の愛をたしかめあって、微笑みをとりもどしたと思ったのに、それもつかのま、龍郎の手を離れたとたん、またもや泣いている。


 抱きしめたい。しかし、それは今、龍郎の役ではなかった。冬真が青蘭の肩を抱いて、なぐさめる。


「瑠璃。悲しいことを思いだしたのか? おまえはもう一人じゃないよ。ごめんな。兄さんがいつも、そばについていてやれなくて」


 冬真は青蘭を妹の瑠璃だと思っている。それはわかっている。だが、愛する人が別の男の腕のなかで泣くのを見るのは、とてもつらい。


 龍郎が唇をかみしめていると、どこからか、ひょこっと清美が現れた。


「むーん。そっちとそっちのカップリングか。これは予想外」


 龍郎は嘆息した。

 例のごとく、真剣に悩んでいるのがバカバカしくなってくる。


「清美さん。どこにいたんだ」

「えっ? さっきから、ずっと、ここにいましたけど。青蘭さんしか見てないからでしょ?」

「あっ、そう? ごめん」


 話しているうちに、冬真が青蘭に告げているのが聞こえた。


「瑠璃。もう自分の部屋に帰ったほうがいい。兄さんが送ってあげようか?」


 すると、青蘭は首をふった。

「わたし、お兄さまと離れたくない」

 そう言って、冬真の腕に自分の腕をからめた。


 ちょっと前まで、青蘭のとなりは龍郎のためのスペースだった。悪魔にさらわれてしまった自分が悪いのだが、なんだか失態を無言で責められているようだ。なんだって、こんなにも妬けることを見せつけてくるのだろう。


「龍郎くん。瑠璃もいっしょでいいかな?」と、冬真が言うので、龍郎はため息をつきながら、うなずいた。


 というわけで、一行は四人に増えた。

 中庭をつっきって、コの字の反対側の裏口から建物のなかへ入っていく。


「このあたりの部屋は昔、住みこみの家政婦さんたちの寝室として使われてたらしいんだ。だから、今は誰もいない」


 近くに見えるいくつかのドアの内は、すべて無人だと、冬真が教えてくれる。つまり、多少、大きな声を出しても、誰にも聞こえないということだ。その点、安心して話すことができる。


「地下室はこっち。夕食前に祖父が貯蔵室に行くくらいだね。あとは、父が書斎がわりに使ってる部屋があるけど、週末は休みに来てるから、そこもめったに使われることがないよ」


 冬真は説明しながら、一つのドアをあける。が、なかは室内ではなく、暗い階段になっていた。一人ずつでしか通ることができないような細い幅しかない。龍郎は子どものころに上ったことのある灯台の内部を思いだした。狭い螺旋らせん階段をくるくるまわりながら、上っていったことを。


 階段の出入口で、冬真が壁をさぐり、何度かカチカチと音を鳴らした。電灯をつけようとしたようだが、明かりはつかなかった。


「蛍光灯が切れてるみたいだ。つかないな。みんな、足元、気をつけて」


 言いながら、冬真が先頭で階段をおりていく。その背中にひっつくようにして、青蘭が。龍郎はそのあとを追った。龍郎の背中には、まことに残念ながら清美がへばりついてくる。


「すいません。怖いの嫌いなんです。決して、青蘭さんから龍郎さんを奪ってやろうとか考えてませんよ!」

「わかってるよ。清美さん……」


 清美がいることで、どうにか、ふんいきがまぎれている。でなければ、ほんとに、かなりのオカルティックな状況だった。


 とつぜん、家人が仮死状態になる屋敷のなかで、魔界につながるという暗闇のなかへ、一歩、また一歩とくだっていく……。


 この地下のなかに、何があるのだろうか?

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