第二十四話 ザクロ館

第24話 ザクロ館 その一



 リエルとの対話は二時間ほど続いた。

 リエルは感情を感じさせないポーカーフェイスで、駆け引きのしにくい相手だ。


「あなたたちの欲しい情報が何についてなのか、まず、それを教えてもらいたいんだが?」と、龍郎が言うと、

「そこは私が判断する。好きなように話してくれればいい。君たちは青蘭の生まれ育った島へ行ったんだろう? そのときのことでも」と、暖簾のれんに腕押し。


 しかたなく、龍郎はあの島で経験したことを語った。しかし、それは、すでに神父にも話した内容だ。新奇性にとぼしい。リエルの顔色はまったく変わらない。


「そのていどでは、うちとしては大した協力はできないな」


 こんなことなら、神父に話すんじゃなかったと後悔したが、もう遅い。

 しかし、青蘭の正体についてだけは、龍郎は絶対に打ち明ける気にはなれない。青蘭がほんとは天使だなんて知れば、彼らは必ず、青蘭を欲しがる。それも、ただの天使じゃない。体内に賢者の石を宿した天使だ。


「でも、あなたたちは賢者の石が欲しいんでしょう? このまま青蘭が悪魔に囚われてしまうのは、あなたたちとしても望まないことなんじゃないですか? 快楽の玉が、悪魔のものになってしまう」


 言ってやると、リエルは初めて、その麗しい顔をかすかに歪めた。


「ふん。今度は脅しか。いい度胸だな。君は私を怒らせたいのか?」

「あなたはとっくに、おれを怒らせてますよ?」


 言い返すと、さらにムッとする。

 フレデリック神父があわてたようすで、二人のあいだに入ろうとしたときだ。漆塗りの盆に湯飲みを載せて運んできた清美が口をはさんだ。


「あっ、青蘭さんのところへ行く方法なら、わたし知ってますから。わたしたちだけで、なんとかなりますよ」

「えッ?」


 龍郎はおどろいて、清美をふりかえる。なんで、このオタク感丸出しの一般女性が、そんな法王庁の極秘情報みたいなことを知っているのか?


 清美は「てへっ」と声に出して、舌をペロリとする。見事なまでの、てへペロだ。


螺旋らせんの巣に行けばいいんでしょ? それなら、何度も夢で見たんで」


 そうだった。清美には予知夢という素晴らしい能力がある。こう見えて、強力な巫女の素質をかねそなえているのだ。


「よし! 清美さん。じゃあ、その方法、教えてくれ。あっ、こっそりね。こっそり。彼らにはナイショで」

「はいはい。ナイショでね」


 龍郎が立ちあがって清美の手をにぎると、リエルはますます仏頂面になる。もしかしたら、ここまで感情をあらわにすることは珍しいのかもしれない。

 すると、それを見ていた神父が爆笑した。


「ソフィエレンヌさま。これは彼らの勝ちですよ。おとなしく協力しましょう。でないと、こっちが爪弾つまはじきにされてしまう。それは、あなたも本意じゃないはずだ」


 リエルは嘆息した。

 龍郎の指摘どおり、快楽の玉が悪魔の所有に帰してしまうことは、彼らの組織にとって痛手なのだろう。


「いいだろう。その救出行には私が同行する。フレデリック、おまえもついてこい」

「御意」


 まるで法王に対するかのような仕草で、神父はリエルに従う。よほど、リエルを尊敬しているのか、あるいはおそれているかだ。


「というわけで、場所をしぼりたい。魔界と言ってもそれを支配する者によって行きさきが変わるからな。青蘭がさらわれたときの状況をくわしく述べたまえ」


 神父でさえ、あまり信用できない。その上さらに、ロボットのようなリエルでは信用できるかできないか以前の話だ。しかし、たしかに悪魔の巣のなかに清美と二人で行くのは無謀すぎる。青蘭を救出する前に龍郎たちが殺されてしまったのでは意味がない。熟練のエクソシスト二人がついてきてくれるというなら、ありがたい。貴重な戦力だ。


「行きさきなんて、わかってますよぉ。螺旋の巣ですよぉ」という清美は、とりあえず無視して、龍郎は青蘭が拉致されたときの状況を話した。


 リエルは黙って聞いていたが、最後に女の名前がルリムと聞いて、驚きを隠せないようだった。


「ルリム——まさか、ルリム・シャイコースか? まだヤツの末裔が現存していたとはな」

「あれは、とうの昔に滅びたはずでは?」

「だから、末裔なんだろう?」

 と、リエルと神父が二人でヒソヒソ話を始める。


 龍郎はスマホをとりだして、ルリム・シャイコースと検索した。クトゥルフの邪神だとわかった。


「ルリムはどこから見てもエキゾチックな美女だったんですが、クトゥルフの邪神なんですか? 悪魔じゃないんですか?」


 たずねると、リエルたちは押しだまる。龍郎に教える気はないらしい。

 しかし、そこで、以前かわした青蘭との会話を思いだす。青蘭の仮定では、悪魔や天使、クトゥルフの邪神と言った者たちは、人間がそう区分しただけで、本来は外宇宙に属する存在という意味で同等なのではないかと。

 つまり、人間がクトゥルフと思っていても、それは悪魔の仲間かもしれないし、悪魔だと考えられていてもクトゥルフの邪神なのかもしれない。天使も、しかりだ。


(そう言えば、クトゥルフの邪神も化身するもんな。悪魔や天使だって、人間の姿で人前に現れたり……彼らは、そういうものなのか)


 ハッキリしているのは、彼らにもなんらかの相関関係があるらしいということだ。おそらく敵対する勢力どうしなどもあるだろう。人間にも国ごとに仲のいい悪いがあるように。


 龍郎が考えていると、とうとつにリエルは立ちあがった。


「わかりました。そこへ行くためには準備が必要だ。あるものを本国から取り寄せなければならない。一週間ほど待ってもらえないだろうか?」


「一週間? そんなに待てない。そのあいだに青蘭に、もしものことがあれば——」


 が、龍郎の抗議は一蹴される。


「心配いらない。彼らは青蘭を傷つけはしないだろう。殺害してもかまわなかったのなら、誘拐なんてせず、その場で殺している」


 なるほどとは思った。

 たしかに、あのときなら龍郎も青蘭も意識を失っていた。二人とも命を奪うことが簡単だった。


 でも、それなら、彼らはなんのために青蘭をつれていったのだろう?

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