第14話 家守 その七



 その廃園は、かつて地元の人に愛された行楽地だったのだろう。

 今では放置され、園内の舗装されていない場所は雑草だらけ。敷石のあいだからも草が好きほうだいに伸びている。

 乗り物や建物は、まだ原形をとどめているが、動かすことはできないだろう。送電されているふうがない。電柱が倒れ、電線も切れて散乱していた。

 ガラス窓の一部は割れていて、建物の壁にはペンキで落書きがされている。


 清美が感慨深い声を出す。

「うわぁ。見事なまでの廃墟ですね。前はよくここに来て、遊んだんですけどねぇ」

「ふうん。こんな廃墟でね」

「そのころは廃墟じゃなかったんですよー! 当然じゃないですか。ヤダなぁ」


 門には鉄柵があり、鎖で封鎖されている。が、柵はそんなに高いわけではないので、ちょっと運動神経がよければ侵入はたやすい。

 龍郎と青蘭が軽々、鉄柵を越えると、檻のなかの熊のような悲しげな目で、清美が柵越しに見返してきた。


「あのぉ……わたし、どうしましょう?」

「……愚民。どんくさすぎない?」

「ふつうだと思います」

「そこで待ってれば?」

「ええっ! 男の子のイチャイチャが見れないんですよ? そんなのイヤですよー!」

「ボク、女だけど?」

「またまた、そんなこと言って」


 青蘭と清美が言い争うのを聞きながら、龍郎はため息をついて、まわりを見まわした。都合よく、ゲートのすみに木箱が重なっていた。まるで、誰かが用意してくれたようだ。


「清美さん。これに乗って」

 龍郎は鉄柵の向こう側とこっち側に、一つずつ木箱を置く。

 清美はそれでも龍郎の支えを要したが、なんとか園内に侵入することができた。


「わあっ。いい感じに廃墟ですねぇ。ちょっと怖くてキレイ。このメリーゴーランド、子どものころ、妹と二人で乗ったんですよ」

 園内をあちこち歩きながら、清美は思い出話に余念がない。

「ねえ、乗ってみませんか? 青蘭さんと龍郎さん。そっちの馬車に乗って。写真、撮りますよ?」


 龍郎たちは言われるままに色あせた馬車に乗り、何事か起こることを期待して待つ。が、変わったことはとくにない。

 龍郎たちを試すと言っていた清文たちの言葉は、なんだったのだろうか?

 あるいは、遊園地に追いはらったのは時間かせぎで、家に帰ったときに何かが待ちかまえているのかもしれない。


 ただひたすらに清美がハイテンションで写真をパカスカ撮り続け、日が傾いていく。


「ああ、もうすぐ夕方ですね。思いだすなぁ。この時間帯だったなぁ。わたし、前にここで遊んでいたとき、迷子になったことがあるんですよねぇ。あのころは、この遊園地も人気の遊び場だったので、けっこう乗り物も行列ができてて、人がいっぱいで。わたしはソフトクリームが食べたくなったんだけど、和美はどうしてもジェットコースターに乗るんだって言って。それで、家族は行列を離れたくないから、わたしだけお金をもらって、みんなと離れたんです。ソフトクリームを食べて、手を洗ってから、もとの場所に帰ったら、家族が誰もいなかったんですよね。たぶん、ちょうど乗り物に乗ってたんだと思うけど。それで、わたし、必死になって、あちこち駆けまわって、家族を探したんです。あたりはどんどん暗くなるし、すごく心細くて、もう涙が出そうで……そしたら、遊びにきてた大学生のカップルが気づいて、迷子センターにつれていってくれました。放送がかかって、親がすぐに迎えに来てくれたんですけどね……」


 清美の口調が暗い。

 カラカラと木枯らしが落ち葉をまきこむ音が伴奏になって、やけに物悲しく聞こえる。


 龍郎はたずねてみた。

「迎えにきてくれたけど? なんかあったの?」


 清美は物思いからさめたように、ハッと我に返り微笑する。

「あ、いえ。迷子になって不安だったから、ちょっと気持ちが高ぶっていたんだと思います。普通の精神状態じゃなかったんでしょうね。父と母が来てくれて、手をつないだとき、思ったんですよね。なんでそんなふうに感じたのか、ほんとに不思議なんだけど……」


 イライラしたようすで、青蘭がせかす。

「それで、なんて思ったんだ? さっさと言えよ」

「ああッ。すいませんです! たいしたことじゃないんですよ。なんかね。『あれッ? お父さんとお母さんじゃない!』って。でも、顔はどう見ても父と母なんですよ。なのに、わたしはその人たちが別人に思えて、怖くて、さみしくてしかたないんですよね」


 龍郎は、ふと思った。

 それは昨日、清文たちが話していた内容と関係あるのではないかと。

 じつは清美が死んでいると言っていた、あの話……。


「……それ、そのときだけだった?」


 龍郎が質問すると、清美は神妙な顔で首をふる。


「最近はもう、子どものころの妄想のせいだなって思ってるんですが、当時はずっと、そう感じていました。なんでかわからないけど、わたしの家族はあのとき、この遊園地のなかでいなくなってしまったんだって。妹が消えてしまったのも、あのときからだし」


 青蘭が言った。

「清美。そのとき、死んだんじゃないの?」

「えっ?」


 清美も驚いているが、龍郎だって驚いた。

「青蘭、なんで、それを?」

「となりの部屋だ。ボクだって聞こえたよ。君の両親は『清美がすでに死んでることを知られてしまうところだった』と言った。清美。ほんとはもう、君、死人なんじゃない?」


 両手で頰をつつみ、ムンクの“叫び”のポーズで、清美は叫ぶ。

「ええッ?」

「だから記憶もあいまいだし、家族は君の墓に近寄らせまいとしている。君が死者の霊だと知っているから」

「えーっと……」


 そのとき、山ぎわに日が落ちた。

 暗闇とともに、悪魔が目をさます。

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