第14話 家守 その六



 その夜遅く。

 ふと、夜中に龍郎は目がさめた。

 夕食で酒を勧められ、ちょっと飲みすぎた。生理現象をもよおして布団から這いでると、土間へおりて、つっかけをはく。トイレは土間の端にあるのだ。


 トイレに行った帰り、あくびをしながら歩いていると、どこからか声が聞こえてきた。ぼそぼそと小声で話している。どうやら、清文と秀美のようだ。


「どうします? お父さん」

「うん。このままじゃ、どうせ長くはもたん。それはわかっとるよ」

「星流さんが最後に来たとき、話してたのは、あの人たちのことじゃありませんかね?」

「うーん、でもなぁ。清美を貰ってくれる気はないんだそうだ」

「あの人たち、流行りのボーイズ乱舞とかいうんですよ」

「母さん。それを言うなら、ボーイズランブルじゃなかったかね?」


 いや、少年たちのお腹がゴロゴロ鳴ることくらいはあるかもしれないが、乱舞はしない。そもそも、青蘭は女だ。両方まちがってると、龍郎はツッコミたいのを必死でこらえた。というより、自分と青蘭の関係を見抜かれていたことに軽くショックをおぼえた。これでも隠しているつもりだったのだが。


 うろたえているところに、また話し声が聞こえた。その深刻な内容に、一瞬、耳を疑う。


「とにかく、せっかく、あの子が守ってくれたんですから、早く清美の将来を見届けて安心しませんと」

「そうだなぁ。この前は墓の前にいたからなぁ。ほんとは清美が死んでるんだと知られたんじゃないかと、ヒヤヒヤしたよ」

「こうなったら、試してみるしかありませんよ。あの人たちが信用できるかどうか」

「そうだな。そうしよう。明日にでも」


 龍郎はギョッとして、思わずかたわらの柱をつかんだ。ヒュッと何かが柱を這ったので、おどろいて声を出してしまった。ヤモリだ。大きな白いのが天井にむかって逃げていった。


 ピタリと声がやんで、誰かが障子のむこうに近づいてくる気配がある。

 龍郎はあわてて土間を走って、玄関口に近い暗がりにしゃがみこんだ。

 すうっと隣室の障子がひらき、秀美の白い顔が暗い土間をのぞく。龍郎には気づかなかったようで、まもなく、すっとまた障子をしめた。


 龍郎は急いで囲炉裏の部屋にあがり、布団のなかへ入った。

 しばらくして、今度は隣室との境のほうの襖がひらいた。秀美がなかを確認している。布団のなかに龍郎と青蘭がいるのかどうか見ているのだ。


 龍郎は必死で息を殺した。眠っているふりをして目をとじる。


(なんだ? 今の会話? 清美が死んでるって……絶対、そう言ったぞ?)


 そう思うと、なおいっそうガタガタとふるえがつく。

 早く行ってくれと願っていると、数分して、ようやく襖が閉まった。

 すると、さっきまで安らかな寝息を立てていたはずの青蘭が、パチリと目をあける。


「せ——」

 呼ぼうとすると、青蘭は口に人差し指をあてる。話したいけれど、今はムリだ。襖のむこうで、じっと秀美が聞き耳を立てているかもしれない。

 しかたなく息をひそめる。

 そのまま時間だけが経過していった。

 龍郎は青蘭の手をにぎりしめ、青蘭もその手をにぎりかえしてくる。まるで、手と手で意思の疎通をとれると信じているかのように。

 もちろん、言葉とは違い、意思は通じなかったが、気分は落ちついた。いつしか眠っていた。


 朝になると、清文が言った。

「お客さん。毎日、うちにいても退屈だろう? じつは中腹あたりに遊園地があるんだ。そこに清美をつれていってやってくれんかね?」


 清美は首をかしげている。

「あれ? あの遊園地、つぶれたんじゃなかったっけ?」

「うん。廃園になったよ。この田舎だからな。古い乗り物しかないような遊園地には誰も見向きもしない。けど、このごろ、そういうのが流行りなんだそうじゃないかね? ほら、廃墟めぐりとかいうやつだ」

「廃墟の遊園地で男の子たちがイチャイチャ……行ってきます!」


 清美は乗り気だ。まだ青蘭を男だと思っている。いいかげん、気づきそうなものだが。


 しかし、龍郎は昨夜のことがあるから、あまり行きたくはない。とは言え、ここは断れないだろう。清文たち夫婦は龍郎と青蘭を試してみるようなことを相談していた。清文からの申し出は、その計画のうちと見ていい。


(ここは乗ってみないことには、きっと遊佐さんたちの信頼は得られないだろうな。それにしても、清美さんが……)


 こうして朝の光のなかで見る清美は、どこから見ても元気いっぱいのオタク少女でしかない。死人のようには、まったく見えないのだが。


「わかりました。じゃあ、朝ごはんを食べたら行ってきます。な? 青蘭」

「……いいですよ。おもしろそうだ」

 ニッと笑う青蘭は、あきらかに何か感づいている。


 朝食を食べたあと、龍郎たちは三人で軽自動車に乗った。ぬいぐるみだらけの座席に埋もれるように乗りこみ、見送る清文と秀美に手をふる。


「遊園地の廃墟ですか。いかにも出そうですね」と言って、青蘭はクスクス笑い声をもらす。


 龍郎は昨日、聞いた夫婦の会話について相談したいが、まさか清美本人の前で、清美がほんとは死人かもしれないなんて言えない。


(ほんとは死んでるって、どういうことなんだ? だから清美さんの記憶は家族とかみあわないのかな? 家族のほうが正しくて、清美さんが間違ってる? あッ、そうか。いなくなった妹って、もしかして自分自身のこととか? 自分が死んでしまったことに気づいていないのなら、生きていたころの自分を別人のように認識してるのかも……?)


 運転しながら、そんなことを考える。

 清美に道案内されながら、山を半分ほど下りる。やがて、その廃園が見えてきた。

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