第十三話 家に帰るとき

第13話 家に帰るとき その一

https://kakuyomu.jp/users/kaoru-todo/news/16816700429534418798挿絵



 店内にはやわらかな管弦楽の曲が流れ、やや暗い照明が、どこかなつかしいふんいきをかもしだしている。

 調度品もいい感じにレトロな店だ。

 ただし、カレー専門店だが。


「ねえ、愚民? ボク、洋食屋に行きたいって言わなかったっけ?」

「すいません。すいません。レトロな感じが見つからなくて! でも、カレーは美味しいですよ!」

「カレー専門店だからね」

「ですよねぇ」

「ボクはオムライスが食べたかったんだけど?」

「すいません。すいません。すいません。もう一回くらい言っときましょうか? すいません。すいません。もういい? ダメ?」


 カレー店の入り口で騒ぐ青蘭と清美を見て、龍郎は苦笑いした。

 この二人がじつは従兄妹だったなんて、なんだか、ありえない気がする。

 しかし、言いあうようすは、意外に気があってるふうに見えなくもない。攻撃的な青蘭と清美の天然っぷりが、うまく釣りあっている。


「まあまあ。こんなとこで立ってたら営業妨害だよ。な? 青蘭。おれ、カレーが食いたいよ」


 龍郎がとりなすと、青蘭はきゅるんと潤んだ目で見あげてきた。長いまつげの陰から濡れた瞳がきらめいて、悩殺的に愛らしい。

 龍郎はカレーより数倍、感覚を刺激されて困ってしまう。公衆の面前で鼻血を噴出するわけにはいかない。ましてや、股間を抑えるなんて、もってのほかだ。


「そう? じゃあ、ボクもカレーにする」

「う、うん……そうしよう」


 なんとか、話がまとまって席につく。

 青蘭がキーマカレー、清美がグリーンカレー、龍郎はノーマルなビーフカレーをオーダーした。食後にはチャイも飲めるという。


 料理が運ばれてくると、香辛料の香りが鼻腔をくすぐり、あれほど文句を言っていた青蘭も満足そうに微笑む。


 笑顔がもどったところで、青蘭は言いだした。

「ねえ、清美。おまえ、ボクの従兄妹なんだろ? ボクの父のこと、何か聞いてないの?」


 それはもちろん、青蘭としては気になるところだろう。

 青蘭は実の父のことを、これまでほとんど何も知らなかったのだ。エクソシストだったとわかったのも、つい先日だ。


 すると、清美は口ごもった。

 ちょっとドキッとしたようすにすら見える。いつもかけている大きな黒縁の丸眼鏡を外して、眼鏡ふきで磨きだした。眼鏡を外すと、意外と可愛い。オタクっぽさが半減する。


「なんなの? 言いにくいことでもあるの?」

 青蘭に問いつめられて、ゴクリと唾を飲みこむ。

「……星流おじさんが何をしていたのか、聞きたいのはわたしのほうです。おじさんは、たまに家をたずねてきて、お菓子やお土産をくれる優しい人だったんですが、謎も多かったんですよね。死にかたを聞いたとき……あまり驚きませんでした。なんとなく、こんなことになるんじゃないかなという予感があったんです」

「というと、危険なことをしてるようなふんいきがあったわけ?」

「…………」


 青蘭の質問に対して、今度は清美の答えがない。しばらくして、清美は反問してきた。


「お二人は祓い屋か何かしてるんですか?」


 青蘭が不満げな顔になる。

 龍郎はおかしくなった。


「思いっきり和風の言いかたをしたら、そうなるのかな? どっちかっていうと、青蘭のお父さんと同じエクソシストに近いんじゃないかな? 青蘭?」

「そうですね。ボクは別に神父でも牧師でもありませんが」


 清美は眼鏡をかけなおして考えこんでいる。

「エクソシスト……ですか。よくわかりませんが、とにかく、お二人には不思議な力があるんですね? 星流おじさんも、そうだったんですね?」


 龍郎はうなずいた。

「まちがいなく、なんらかの能力はあった。青蘭ほど強い力じゃないけど」

 星流の能力を継いでから、龍郎は自分の力をコントロールできるようになった。エクソシストとしての経験値が上がったのだと思う。それほど、星流が鍛錬していたということではなかろうか。


「そうですか。両親はわたしに言いたがらないんですけど、たぶん、わたしも少しだけ、そんな力があるんですよね。子どものころから、予知夢っぽいものは見るし。ぜんぜん、実生活で役に立つほどじゃないですけどね。

 うちは昔、ご先祖がどこかの神社の神主だったらしいんです。それで、ご神体の神宝をずっと守っていたってことなんですよね」


 ん? どっかで聞いた話だなと、聞きながら龍郎は思う。

 しかし口出しするほどでもないかと、清美の次の言葉を待つ。


「あざとみことを祀る神社で、ご神宝は“あざとみことの右目”と言われていたそうです。ただ、わたしが生まれたときには、とっくに廃神社になっていて、ご神宝もうちにはほとんど残っていないんです」


「あざとみことって、どんな字?」と、青蘭が言った。


 清美がコップの下から紙のコースターを手にとると、青蘭が万年筆のキャップをとって、さしだす。キャップを口にくわえて外す癖があるので、妙にエロい。


「こうです」

 そう言って、清美が書いた字は——



“痣人命”



 なんだか、とても禍々しい……。


 龍郎は思わず、うなる。

「怖い。字面が怖いよ」

「ですよね」と、清美も苦笑した。

「うちの家を守ってくれるパーソナルな氏神様だったらしいんです。でも、明治時代の初めくらいに、神社に雷が落ちて全焼してしまいました。そのときご神宝が割れて、欠片かけらを残して失われてしまったんだ——と子どものころにおじいちゃんから聞きました」


 青蘭は何か気がかりなようす。緊張した表情でたずねる。

「ねえ、そのご神宝って、なんだったの? 割れたっていうけど、鏡とか、皿とか?」


 なんとなく、すでに予感があった。龍郎もだが、青蘭だって、そう思うから、そんな険しい顔をしているのだろう。


 清美は事情を知らないから、無邪気に答える。

「玉ですよ。このくらいの大きさの、もともとは綺麗な玉だったそうです。少し青みがかっていて、キラキラして、ガラスか何かだったんですかね? 夜空が澄んで星が遠くまで見渡せる日には、歌うような音が玉から聞こえたそうです」


 手で大きさを作りながら清美が言うのは、まさしく——


「賢者の石だ」

 青蘭はつぶやいて、深々と椅子に沈みこむ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る