第9話 魔女のみる夢 その二十一



 青蘭が気づいたとき、そこは自分の泊まるプレミアスイートルームではなかった。青蘭の部屋より、調度品のレベルがかなり劣る。どこかわからないが、ホテルの一室だ。照明が薄暗い。


(ボク……何してた……け?)


 意識が朦朧もうろうとする。

 なんだか、目をあけていることが苦痛なほどに眠い。


(薬…………)


 誰かに眠り薬を盛られているようだ。

 体が思うように動かない。


(龍郎……さん……)


 ボク、また龍郎さんとケンカしたんだっけ?

 ああ、そうか。ボクがほかの男と寝たからか。だって、しょうがない。ボクはそうしないと、体が……。


 でも、涙がこぼれる。

 頰をぬらす生ぬるい液体を感じた。


「おやおや。泣くのですか? あなたはほんとに、見ためだけはお母さまにそっくりで、この上なく美しいですな」

 耳元で誰かの声がする。

 青蘭を嘲るような笑い声も。


(誰……?)


 その声が、また話しだす。

「私はね。あなたのお母さまに焦がれていたのですよ。まったく相手にもしてもらえなかったが。あなたのお母さまは、まことに天使のようなかただった。麗しく優しく清らかで、生まれながらに高貴な姫君だった。

 ところが、あなたと来たら、どうですか? 姿形はお母さまによく似ているが、中身は似ても似つかぬ、まがいものだ。誰にでも足をひらく淫売。あなたのお母さまがあの世で嘆いておられますよ。

 いっそ、あなたとあなたのお母さまの魂が入れかわるというのは、どうですかな? あの世からお母さまの魂を呼び戻してもらいましょうかね。きっと、そのほうがお母さまもお喜びでしょう。それをしてくれる人もいる」


 青蘭は眠気に抗い、目をあけた。

 視界が霞のように、ぼんやりする。

 目の前に男の顔があった。初老の男。総支配人だ。


(ボクの魂と、お母さまの魂を……)


 言われている意味が、よくわからない。しかし、自分が危機的状況にあることは悟った。逃げようとするが、意識と体のあいだに、ゼラチンのようにブヨブヨした分厚い壁がある。


(イヤ……だ。まだ、死にたくない。やっと苦痛の玉を見つけ……)


 でも、いいじゃないか?

 二つの玉をそろえたからって、だから何になると?

 ボクのせいは穢れている。

 そんなふうにしか生きられない生にしがみついたからって、何も得るものはないのに?



 ——おれは、おまえが好きだよ。恋人になってくれますか?



 なんで、そんなこと言うの?

 今さら、やめてよ。

 人間なんて、みんな嘘つきなんだ。おもてではオベッカ使っていても、裏ではボクのこと嘲笑ってるんだ。

 かわいそうに。なんて醜い化け物だろう。あんな姿で生きるくらいなら、死んだほうがマシだ……って。

 きっと、あなたも財産目当てでしょ?

 内心はどんなに金を積まれたって、自分ならあんなふうになってまで生きていたくないって、そう思ってるんでしょ?


 嘘つきは嫌いだ。


 もうどうなってもいいと思っていると、急に総支配人が大きな声を出した。

「おお、来てくれたのか。そのケガ……どうしたんだね?」


 誰かが部屋に入ってきたらしい。

 しかし、総支配人の問いかけに答えはなかった。いきなり血なまぐさい匂いがして、総支配人は倒れた。


(誰……?)


 荒い呼吸が聞こえる。

 その人物は怪我を負っているようだ。苦痛にうめく声も、ときおりもれる。


「青蘭。青蘭。君だけは渡さない。つれていく。君はなんて甘美なんだろう。甘くて甘くて、とろけそうに美味しい君。私は君の虜だよ。変だねぇ。私は淫欲の魔性ではないのに」


 ふわりと抱きあげられるのを感じた。

 どこかへつれ去られようとしている。


(どこへ行くの?)


 その人は笑ったようだ。

「魔界だよ。私の故郷へ、君をつれていく」


 魔界? 悪魔たちの巣窟か……。

 化け物のボクにはふさわしい住処。

 でも、行きたくない。

 なぜかはわからないけど、心が痛い。


(助けて。龍郎さん……)


 そのとき、また誰かが部屋にとびこんできた。

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