第8話 忌魔島奇譚 その十四



 龍郎の視界は真っ白に燃えた。

 何が起こっているのかわからない。

 ただ全身を光がつらぬきとおしていく。その光は清冽で、刃物のように鋭利でありながら、どこか、あたたかかった。


 体をつかんでいた触手が消え、龍郎たちは落下していく。

 視力がきかないものの、龍郎は必死で青蘭を抱きしめた。


 けがらわしい感触の上に落ちた。たぶん、大神の頭上だ。周囲は異様にうねり、波長の異なる咆哮ほうこうが、あたりをゆるがした。

 大神が苦しんでいる。

 青蘭の発する光が、大神を切りさき、龍郎たち二人はその巨大な体内へ埋没していく。

 このまま、二つに切れるか——

 そう思われたとき、青蘭の口から苦渋のうめきがもれた。


「青蘭?」

「さすがに魔王クラスだな。ボクのアンドロマリウスでは退魔しきれないかもしれない……」

「それだと、どうなるんだ?」

「悪魔どうしの闘いは、喰うか喰われるかだよ。負けたほうが喰われる」


 龍郎は息を呑んだ。

 もう何が起こってるかなんて、どうでもいい。

 ここから生きてかえりたい。

 青蘭と二人で、いつもの生活に戻りたい。


 苦しげにあえぐ青蘭。

 龍郎にできることは、青蘭を抱きしめることだけだ。


(くそッ。誰か力を貸してくれ。青蘭を守りたい。守りたいんだ!)


 人生で一番強く願った刹那せつな

 龍郎の右手が光った。無意識に、龍郎はその手を、青蘭の下腹に押しあてた。

 青蘭が「うッ」と声をあげ、身をよじる。光が増長した。

 玉が呼びあっている。

 共鳴する。

 龍郎の体から青蘭のなかへ、青蘭の体から龍郎のなかへ、熱い奔流が流れこむ。深く、つながる。


 二人は玉を通して一体となった。


 大神は一瞬にして四散した。飛びちる肉塊の一つずつが原子レベルにまで分解され、黒い竜巻となった。

 その竜巻は、青蘭の口のなかへ吸いこまれていった。




 *


 気づくと、龍郎は青蘭と二人で湖に浮かんでいた。

 もう、あの忌まわしい神は、この世に存在しない。そのことは明確に感じられた。


「……青蘭。大丈夫か?」

「ええ」

「あんなもの飲んで、なんともないのか?」

「あれはアンドロマリウスに吸収された。ボクのアンドロマリウスが、数倍、強くなった」

「そうか。ならいいんだけど」


 魔神を喰うなんて、とんでもない恋人だ。


(まあ、青蘭は恋人だなんて思ってないだろうけどな)


 プカプカと漂っていると、なんだかとても心地よい。


「龍郎さん」

 青蘭がいやに甘ったるい猫なで声を出してくる。

「うん?」


 その瞳を見ると、たしかな信頼の絆がうかがえる。

 二人で今、ここにいる。

 それだけでいい。


「ねえ、龍郎さん?」

「うん? だから、何?」

「すっごく……気持ちよかった。またいっしょにやろう?」


 思わず龍郎は体勢をくずした。

 しばらく、バタバタして、やっと水面に浮きあがる。あやうく、青蘭に殺さるところだ。


「やるって……な、何を……」

「悪魔退治」

「えっ!」

「なんだと思ったんですか?」

「いや、その……」


 まだまだ、ふりまわされそうだ。

 二人の頭上で、上弦の月が笑っている。




 *


 どのくらい経ったころだろうか?

 島が鳴動している。

 さっきから不気味な振動が周期的に起こってはやむ。最初はかすかだったが、しだいに揺れが大きくなるようだ。


「島の盟主が滅びたから、この島も崩壊するんだ。今すぐ、ここから逃げださないと」


 青蘭が言うので、あわてて、龍郎は岸にむかって泳ぎだす。

 急に何かが龍郎の足をつかんだ。

 まさか、まだ大神の一部が生きて残っていたのか? それとも、覇気が湖の底から舞いもどってきたのか?


 と思ってふりかえると、龍郎の足をつかんでいるのは、青蘭だ。


「え? 何?」

 たずねると、青蘭はこんなことを打ちあけるのは恐ろしく屈辱的だと言わんばかりの顔つきになった。

「……僕、泳げないんです」

 その悔しそうな顔を見て、龍郎はふきだした。まったく、何から何まで予想の斜め上を行ってくれる。

「おれにつかまって。ほら」

 青蘭の肩を抱いて、湖岸へと急ぐ。


 岸にたどりついたときには、そこは無人になっていた。生贄の女たちは誰一人助からなかったようだ。あるいは、大神に捕まらなかった者は、とっくに逃げだしているのだろう。


 森のなかを走っていく。

 ぬれた服が重い。

 とは言え、文句を言っているゆとりはない。鳴動の間隔が明らかに短くなっていた。


 滅びのときが近い。

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