幼馴染に仕返しをしようと思います

月之影心

幼馴染に仕返しをしようと思います

*****14年前*****


 保育所の砂場にて。


「おおきくなったられいくんのおよめさんになってあげる!」


「なにくれるのぉ?」


「およめさん!」


「よくわかんないけどいいよぉ!」




*****10年前*****


 小学校の放課後のグラウンドにて。


「大人になったられいくんと結婚してあげる!」


「ばっばか!大声で言うなよ!恥ずかしいだろ!」


「いいじゃない。誰もいないのに。」


「いてもいなくても!」




*****現在*****


 ……なんて幼子の約束を高校生にもなって覚えてるだけじゃなく、そのものを信じてるとか我ながら恥ずかしいやら気持ち悪いやらで、思い出しては悶絶している僕の名前は伊武礼樹いぶれいき

 田舎の公立高校に通う、勉強、運動、容姿、全てにおいて極々普通……普通の中の普通を自負している男子高校生だ。


 そして思い出の中で僕にプロポーズしていた女の子は、隣の家に住んでいる幼馴染の若宮玲奈わかみやれな

 幼い頃から完成された目鼻立ちで近所でも評判の美少女だった玲奈は、高校生になった今、『絶世の美女』と呼ぶに相応しい容姿となり、同じ高校の全女生徒を入学と同時にモブ化する存在となった。

 当然、男子共の視線を一身に浴びる事となって数多の告白を受ける事になっていたのだが、未だ玲奈と付き合った男が居るという話は耳に入って来ない。

 そんな美女が僕と幼馴染だという事は学校では(主に玲奈経由で)割と知られているらしいが、漫画やゲームに出てくるように公然と仲の良さを見せ付けるような事も無いので、玲奈からも他の生徒からも『ただの幼馴染』『大して深い関係ではない』としか思われていないだろう。




 ……とは言いながら、僕だって思春期の健全な男子であり、身近にそんな可愛らしい女の子が居れば恋心の一つや二つ沸いて出て当然というもので、現に僕は玲奈の事が好きで、だからこそ幼い頃に玲奈が僕にしたプロポーズの事を明確に覚えているし、何ならそれは大人になったら実現すると本気で信じていた。

 実際、玲奈も幼い頃程で無いにしても、(僕の勘違いも含めて)他の男子よりは気兼ねなく笑顔で話し掛けて来ていたと思う。

 これで意識するなと言う方が酷である。


 だが、成長するにつれて突き付けられる現実……容姿の差は勿論、頭脳についても人柄についても僕は玲奈に遠く及ばないし、『釣り合い』という事に於いては全くの正反対であると思い知らされていく事になる。

 全校女子をモブ化した玲奈と10人の中に入れば記憶に残らない程度の僕とでは当然の事だ。


 併せて、小中学生の頃と比べれば、玲奈と一緒に過ごす時間が激減しているというのも、『玲奈は自分の事を何とも思っていない』『自分と玲奈とは釣り合わない』と実感するに足る十分な要因だった。


 やがて、玲奈への叶う筈のない想いは、玲奈がしていたプロポーズが『僕の気持ちを向けさせる為だけの方便』との認識に変わり、いつしか『僕の気持ちを弄んだ』と言う理由を付けて仕返しをしてやろう、という歪んだ心境へと変化していった。




 仕返しをするに当り、まずは玲奈と二人っきりになる必要があるが、これは家が隣と言うのもあるし、家族ぐるみの付き合いもあるのでそう難しい問題ではない。

 玲奈を僕の部屋に呼んでもいいし、僕が玲奈の家に行っても構わないわけだ。

 印象に残らせるという意味では、小さい頃によく一緒に遊んだ近所の公園も思い付いたが、万が一、学校の誰かに見られるといけないので却下した。

 次にいつにするか……これまでの経験上、玲奈は学校の帰りに寄り道などした事が無く、家に帰ってすぐに宿題を片付ける習慣があって帰宅後ならいつでも会えるので、明後日の土曜日に成果を噛み締めつつゆっくり休もうと思い、早速明日決行する事にした。


 会って話せれば、その段階で仕返しはほぼ達成出来る。

 翌日、玲奈に仕返しが出来ると興奮した気を鎮めつつ、なかなか寝付けない夜は更けていった。








 猛烈に眠い。

 そりゃそうだ。

 結局、興奮を鎮めて眠りに付く頃、外では新聞配達のバイクの音が聞こえていたような記憶が残っているのだから。


 しかし今日は仕返しの決行日。

 眠気など全てが終わってから十分に取ればいい。


 いつも通りに登校し、授業中何度も頭が首から落ちそうになりながら乗り越え、何とか無傷で自宅へ帰り着いたのは夕方5時を少し過ぎた頃だった。

 予想では玲奈は僕より30分程早く帰宅しているし、月曜日提出の宿題も大した量では無かったので5時半頃までに宿題を終えて夕食まで読書でもしている事だろう。




 僕は仕返しの決行時刻を5時半に置いた。




「あら礼君、うちに来るの久し振りね。元気だった?ちょっと見ない間にかっこよくなったわねぇ。」


 玲奈の母親のマシンガントークは健在だった。


「あ、ご無沙汰してます。元気でした。かっこよく……はなって無いと思いますけど……。」


 気圧されないよう、おばさんの問い掛けに落ち着いて返す。


「玲奈は部屋で本読んでるんじゃないかな?玲奈ぁ!礼君来てるわよぉ!」


『上がってもらってぇ!』


 玄関のおばさんと二階に居る玲奈が大きな声でやり取りしていた。

 何の警戒も無しに部屋に入らせてくれるのは有難い。


「礼君ご飯食べていく?」


「あ、いえ、玲奈とちょっと話したらすぐ帰りますから。」


「遠慮しなくていいのよ?お母さんには連絡しておくわね。」


「い、いえいえ、本当にすぐ帰りますので。お気持ちだけ頂きます。ありがとうございます。」


「そぉ?いつでも食べに来てね。」


「はい。ありがとうございます。じゃあちょっとお邪魔します。」


 気を抜くと完全におばさんのペースに引き摺り込まれるのは昔から変わらないので、僕は出来るだけ丁重に申し出を断った。

 今は、早く玲奈に仕返しをして、少しでも早く家に帰って笑いたかったから。




 小さい頃から何度も来た玲奈の部屋……変わっていなければ階段を上がってすぐ右側の部屋だ。


「玲奈、入っていい?」


『どうぞぉ。』


 決して大きい声では無いがドア越しでもよく通る声で僕を招き入れてくれる。

 押戸のドアを開くと、照明以外だと分かる部屋の明るさが壁に跳ね返って目に入ってきた。


「礼くんが来るなんて珍しいね。どうしたの?」


 床にペタンと座り、ベッドにもたれて本を読んでいたらしいそのままの姿勢で顔を部屋の入り口に向け、僕の方を見ながら玲奈が話し掛けてきた。


「あぁ、いや、ずっと話もしてなかったからたまにはと思って……読書中?お邪魔だったかな?」


「ううん。本なんかいつでも読めるから気にしないで。」


 僕は机を挟んで玲奈の正面に座った。

 玲奈は読んでいた本を机の上に置くと、机に両手を置いて僕の顔をじっと見てきた。


「それで?久々のご来訪は何かな?」


 見ているだけで照れ臭くなって視線を外してしまう程綺麗になった玲奈。

 直視する事が出来ないが、今日はそれを気にしている場合では無い。

 とにかく、さっさと仕返しをして帰って高笑いを決め込むのだ。


「た、大した事じゃないんだけどさ……その……。」


「ん?」


 その可愛らしい顔で首を傾げて僕の顔を覗き込むんじゃない。

 僕は玲奈の美しい顔でじっと見詰められる圧力プレッシャーに潰されそうになるも、視線を微妙に逸らして耐え、覚悟の言葉を発する。


「玲奈……僕はA大に入って将来は地元で就職する。」


「うんうん。」


 玲奈はにこやかな表情で僕から目線を外さないまま頷いていた。


「そしたら……その時は……。」


 あと一瞬だけ……メンタルよ……耐えてくれ!












「玲奈を僕のお嫁さんにしてやる!」








 小さい頃に言って玲奈が僕を弄んでいたであろう言葉を逆に言ってやったぞ。

 いくら幼少時代の戯れとは言え、相手が悪かったな。

 僕は玲奈のプロポーズを一言一句漏らさず覚えているんだからな。

 今更『あれは子供の頃の話で……』なんて言おうものなら『ふざけるな!』と喚き散らす準備は出来ている。

 そしてオロオロする玲奈を残し、家に帰って腹筋が千切れるまで笑ってやる。

 さぁ、どうする玲奈。












「ありがとう。」












「え?」












「え?って……だから『ありがとう』って。」


「いや……あ、あれ?」


 玲奈は普通に美しい顔にいつもの笑顔を湛えたまま僕の顔をじっと見ていた。


「ん?何か変な事言った?」


 確実に変な事を言ったのは僕だ。

 だが玲奈は普段の挨拶をされたくらいの感じで、狼狽えるどころかいつもと変わらない美顔で僕を見続けている。


「でも突然どうしたの?今日って何か特別な日だったっけ?」


「い、いや……そういうわけじゃないけど……。」


「急に将来を確認したくなっただけ?」


「え……あ……ん?……確認?」


 玲奈は掌と膝を床に着いた状態でトタトタと机を迂回して僕の真横に来て、僕の顔を下から見上げていた。


「だって小さい頃から礼くんのお嫁さんになるのは決まってた事でしょ?」


「え……?」


「あと決まってなかったのは時期よね。」


 僕はその決まっていなかった時期を『大学卒業して就職したら』と、意図せず具体的に挙げていたようだ。


「はぁ~!礼くんが私より真剣に考えていてくれたなんて……こんな嬉しい事があっていいのかな?」


 僕の記憶にあるどの玲奈よりも輝く笑顔で僕を見ている玲奈が目の前に居る。


「そ、そそそりゃ当然だろ。ももももう高校生ななんだし……しょ、将来の事くらいちゃんとかか考えておおおおかないと……な!」


I Lose.




 目の前の玲奈をじっと見ながら、僕はこの将来の妻を何があっても幸せにしてやると心に誓った。












 え?


 仕返し?


 こんな可愛くて綺麗な幼馴染にそんな事出来るわけないでしょ。


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