21回目のジンクス

鱗卯木 ヤイチ

第1話

 ほら見ろ、やっぱりこうなった。だいたい昔からそうなんだ。『21回目』と言うのはほんとロクな事がない。

 僕はいま、長く伸び始めた自分の影を、追いかける様に家路についていた。見事なくらい赤に染まった空すらも僕を嘲笑っているようで腹立たしい。いっそ地面が崩れ落ち、どこか知らない世界へと真っ逆さまに落ちて行けたらいいのにと半ば本気で思った。

 今日は僕の21回目の誕生日。晴れて21歳になったわけだが、心の中は晴れどころでは無く、むしろ土砂降りだ。

 今日は最高の1日になるはずだった。僕の誕生日を祝おうと、祥子が色々とデートプランを考えてくれたのだ。あ、ちなみに祥子と言うのは3カ月ほど前に付き合い始めた僕の愛しの彼女だ。

 予定では昼前に会って、軽くランチをしてから映画鑑賞。それから海沿いの公園を散歩してから、海の見えるレストランでディナーを楽しむと言う計画だった。そしてひょっとしたら……。もしかしたら……。ディナーの後はふたりっきりの場所で、初めての夜を過ごせるかも! ……そんなワクドキな1日を期待していたのだけど、現実はそう甘くは無かった。

 そもそも出だしから嫌な予感はしていた。出かけようと玄関で靴ひもを結んでいたら突然靴紐が切れた。駅までの道を歩いていると、ギャァギャァとカラスに鳴かれ、道を横切ろうとすると、黒猫のマークが描かれた運送会社のトラックが、凄い勢いで僕の目の前を横切って行った。

 電車に乗ると人身事故で電車が止まり、そのまま車内に閉じ込められ2時間ほど立ち尽くしていなければいなかった。

 2時間遅れで待ち合わせ場所に到着すると、祥子は文句ひとつ言わずにちゃんと待っていてくれたけど、行こうとしていた店のランチは既に終わっていたので、仕方なく近くのファストフードで腹を満たすことになった。

 その後予定通り映画を見ようとしたけれど、狙った時間は既に満員になっており、ディナー時間を考えると次の回は微妙だった。

 どうするかを話している所に祥子のスマホが突然鳴った。相手は祥子のお母さんで、祥子のお父さんが怪我をしたと言う連絡だった。動転して要領を得ないお母さんの説明に祥子も困惑していた様子だったので、今日のデートは中止にして、また今度会おうと僕は告げた。祥子はしばらく躊躇っていたが、僕がもう一押しすると、ゴメンね、と本当に済まなそうな表情をして家へと帰って行った。


 そうして夕日をバックにひとり寂しく歩く僕の出来上がりというわけだ。

 うん、僕の判断は間違ってなかったはずだ。……間違っていなかったはずなのだけど、せっかくの誕生日に、こう言うシチュエーションはやっぱり少し切なくなる。期待していた分、なおさらだ。


 昔からこうだった。何故か僕は『21回目』と言うものに何かと縁がある。因縁と言った方が良いかもしれない。『21回目』には大抵良くない事が起こるのだ。

 例えば小学校の第21回入学式。朝からの大雨と強風で前日まで見事に咲いていた校庭の桜は情けない姿をさらし、僕はタップリ水気を含んだ靴下で入学式に参加しなければならなかった。

 例えば中学校の第21回目の運動会。僕は奇跡的にリレーの選手に選ばれた。僕の青組は前走者までトップを走っていたのだけれども、前走者からのバトンを僕は落としてしまい、一気に3位へと転落した。

 例えば高校の第21回テニス大会。僕が勝てば団体戦に勝利できるという試合で、あろう事か僕は最初のゲームでいきなり4連続ダブルフォルトをしてしまい、大事なサービスゲームを自らブレイクしてしまうと言う大失態をおかした。

 そして今日、第21回目の僕の誕生日……。ご存じの通りの状況である。


「はぁ……」

 思わずため息が漏れてしまう。

 仕方ない、コンビニで弁当でも買って帰るか……。

 家の近所にあるコンビニに入ろうとした時、僕のスマホが短く震えた。

 スマホを取り出して確認すると、祥子からのメッセージだった。

 律儀にも今日の謝罪と、祥子のお父さんの無事を知らせる内容だった。祥子のお父さんはどうやらただ転んで捻挫しただけらしい。祥子の家族に対する怒ったようなスタンプに僕は少し笑った。少し心が軽くなる。


 祥子のメッセージにはまだ続きがあった。

「!?」

 あぁ、そう言えばそうだった。

 小学校の第21回入学式が終わる頃には、雨も風もどこかに行ってしまっていて、その代わりに抜けるような青空と、それまで見たことが無いくらい立派な虹が空に架かっていて、みんなで大きな歓声を上げたっけ。

 中学校の第21回運動会では、落としたバトンを拾い上げて、必死で脚を動かしてみたら、いつの間にか僕は先頭を走っていて、青組の大逆転にグラウンド中が湧いたっけ。

 高校の第21回テニス大会では、2ゲーム目以降は相手にテニスを全くさせず、そのまま6連続でゲームを奪い、涙ながらに団体戦の勝利を喜んだっけ。

 いつも『21回目』にはロクでもない事が起こったけれど……。

 いつも『21回目』は、僕の人生で忘れられない日になるんだった。


 祥子からのメッセージにはこう書かれてあった。

『……これから家に行ってもいい? ふたりきりで誕生日パーティしませんか?』

 どうやら21回目の誕生日も、忘れられない日になりそうだ。

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21回目のジンクス 鱗卯木 ヤイチ @batabata2021

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