百鬼夜行の夜 〜臆病者、カレーを食べる〜
カレーだいすき!
act.1 揺れた日
座り続けることが、こんなにも苦痛だとは思わなかった。
俺は重く感じる腰をほんの少しだけ上げ、すぐに戻した。この動作を繰り返すのは、もう何度目だろう。
現場帰りの狭い車内。俺と後輩のサブは、同時にため息をついた。
「それにしても、長い渋滞で。こんなに混むのを見たのは、何年か前に、河口湖から帰る途中で遭ったくらい……いや、その比じゃありませんや」
サブがぼやく。
「まったくだ。遊んで帰るならまだしも、仕事でクタクタの体にゃ、少々こたえるぜ」
車はエンジンをかけているものの、少しも進んではないい。
新宿通りを八王子方面に向かう帰り道。新宿御苑を過ぎたあたりで、渋滞にはまっており、進退できぬまま、前の車が進むのを、俺たちはこうして待っているのだ。
事の起こりは数時間前にさかのぼる。
今日の現場は虎ノ門だった。もう一人の後輩、シバを含めた3人で、俺たちはえっちらおっちらと作業をこなしていた。
15時にかかろうとしたところで、大きな揺れ。疲れからくる眩暈と思ったものの、ビルが、いや世界そのものが揺れていることに俺は気が付いた。
ここ数日の小さな揺れが続いていたので慣れたと思っていたが、それを凌ぐ揺れは、俺たちにいとも簡単に畏怖を植え付けた。
「こう狭いと、棚や設備に潰される可能性がある。一旦ここから退避して、広い場所へ行こう」
俺は後輩2人に告げる。
しかし俺たちの足は、すぐに止められた。
「本社からも、お宅の事務所からも、連絡が来てないでしょう! 作業中止なんてありえない。ここで指示を待ってください!」
たまたま現地視察にひとりで来ていた元請けの新人が、妙にやる気を出し、避難しようとする俺たちを引き留めたのだ。
「いやね。考えてもみてくださいよ。ここじゃ危ないでしょ? これなら広いところに出た方が――」
「勝手にそれをやって、何かあったらどうするんです? あなた、責任とれるんですか? 作業前のミーティングでもそんなこと言ってませんでしたよね? おたくは何処にも連絡を取らずに勝手に動くんです?」
新人は威圧的に俺を詰める。こんな若造のいう事など屁とも思わないが、こいつの後ろにある会社に、こいつから何て言われるか考えると怖い。俺は言い返そうとした言葉をそっとしまった。
「あの……確かに狭いところじゃ、危ないですから」
そう提言したのは、一緒にいた顧客。彼が気を利かせてくれて、地上7階の未入居スペースに俺たちは移動した。
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