知らない男の、「21回目の誕生日」について無理やり聞かされる話

さーしゅー

これは一年前の話

 私は、ペットボトルの丸くて白い飲み口から、ミルクティーを流し込むと、ため息を思いっきり吐き出した。


「はぁ〜」

 

 隣のジージー言っている自販機で買った、350mlのミルクティー。ダイエット中だったけれど、甘いものでも飲まないとやってられない。


 私の名前は、相川 はるか。都会のオフィスビルで働くなんてことないOLです。


 今年で28歳になるけど、出会いにも恵まれず、ただ無機質な事務仕事を、ため息を吐きながらこなす日々が続いてる。


 そんな虚しい私は、今、ビルの外、自販機の陰でおサボりをはたらいている。


 もちろん普段は、至って真面目に仕事をしているし、サボったりはしない。


 だけど、今日の高山部長のねちこっさっと言ったら………………


 思い出しただけでもイライラしてきた!


 娘さんと喧嘩したのか、奥さんにしばかれたのか知らないけど、メールの「頂きます」が平仮名か漢字かなんて身内メールならどうでもいいでしょ!!


 私はもう一口、クリーミなベージュ色を流し込む。すると……





「聞き覚えのあるため息だと思ったら、遥じゃん」




「げっ……じゃなくて、中本さんも休憩??」


「そうそう。自主的な休憩よ」


 私は心の中で「あちゃー」とより一層大きなため息をついた。


 彼女は同期の 中本 晴海はるみさん。


 サラッサラなロングヘアーに、整った顔立ち。クソダサい制服をムダに盛り上げる大きな胸。すれ違う男性は思わず振り向くほどの美貌で、うちの男性陣からついたあだ名は、


『黙っていれば美人』


 それには、私もまっったく同感!


 捕まると話がとても長いし、晴海自身の天然が災いして、話がめちゃくちゃな方向に行きがち。要するに悪い人ではないけど、話がめんどくさい。


「そうそう、この間話した、五十嵐さん。覚えてる??」


 私がため息をついている間に、どうやら晴海の話は始まってしまったらしい。


 毎回毎回別の名前が出てくるから、五十嵐さんなんて覚えているわけがない。


 でも、この五十嵐という名前は、生涯忘れられない名前になるかもしれない。


「ちょうど先月亡くなっちゃったの」


「へぇ〜」


 私は適当に相槌をうつ。晴海に対しては、基本相槌をうつだけでいいから、その点は疲れずに楽なところだ。

 それにしても、五十嵐さんがどこの誰かは知らないけど、ご愁傷様です。


「それも、亡くなったのが21回目の誕生日だったんだって」


「えっ?」


 私は思わず晴海を二度見した。晴海はその視線を、話に興味があるととったのか、鼻息を荒くした。せっかくの綺麗な顔立ちが台無しだ。

 それにしても、21歳の若さで亡くなるなんて、意外にも重い話で、不謹慎ながら興味が湧いてきた。


「私もお葬式行ったんだけど、ちょうど半年前に、妹さんも亡くなっていてね。追ったんじゃないかって、みんな言ってた」


 私は思わず目を拭った。晴海の話で泣くなんて、少し癪だけれどそれでも、私の瞳は素直だった。


 21歳の兄の、妹さんは高校生くらいかな。お兄ちゃんは、若くに妹を失って、そのショックで亡くなってしまった…………


 あまりにも悲しい話だった。私は独身でも、両親の気持ちは痛いほどわかってしまう。とってもつらかっただろうと、私の瞳は訴えている。


「もう両親も亡くなっていたから……やっぱ一人なのが寂しかったのかもしれないね……」


 まさか両親まで亡くなっているの? どれだけそのお兄ちゃんは不幸だったのだろう。


 もちろん自殺は悪いことだと思う。でも兄の気持ちが痛いほどわかった。


 私がこの状況なら耐えられるかな……そう思うと、途端に故郷の両親に会いたくなった。息絶えてないかと途端に心配になったし。電話を掛けはしなかったけど、スマホを握りしめるところまでしていた。

 

「それで、式では遺族の意向で、五十嵐一家の集合写真が飾られていたの。だいぶ古い写真だったけど、みんないい笑顔をしていてね」


 私の目には雫がぼたぼたと流れていた。思わずその写真が脳裏に浮かんでしまったから。小さい子供二人に、まだ元気だった両親二人の、笑顔の四人が思い浮かんで、私の涙は堰を切ったように流れ出した。


 思わず手元のミルクティーがするりと滑り落ち、両手で涙を拭う。まさか、晴海からこんな話を聞かされると思ってもみなかった。


 私は恥ずかしながらも、涙声で晴海に尋ねた。


「それでどうなったの?」


 晴海に話を乞うなんてみっともないことだと思った。でも、その話の続きはどうしても知りたかった。


 

「ああ、いや、その話はここまでなんだけど……面白いのはこれからなのよ?」


「うん……」


 私は晴海をしっかりと見つめて、期待を胸に首を縦に振った。


「その子供同士の遺産相続バトルが面白くてね?」


「はひぃっ?」


 私は思わず、素っ頓狂な声をもらす。

 

 突然の話の展開に意味がわからない。子供、遺産相続?? 21歳の兄の子供が遺産相続?? 


「いや、だからね、五十嵐さん定年まで働いていたからさ、まあまあ資産があってね」


「えっ? 定年?」


「そうそう、社長近くまで上り詰めていたらしいから、驚きの額をもらっていた……」


「ちょっ、ちょっと待って?????」


 私がそう叫ぶと、口を止めて晴海は首を傾げた。


「五十嵐さんって、21歳じゃないの??」


「えっ? そんなこと一回も言ってないじゃない?? 五十嵐さん84歳よ?」


「84歳????」


 そこで、私は冷静に考える。21の誕生日、先月は2月。そして今年は2020のうるう年……


 私はペットボトルを拾い、バコーンとゴミ箱に叩きつけ、無言で歩き出した。


「ちょ、ちょっと待ってよ遥? これからが面白いのに?? ねえって??」



 私は晴海の叫びを無視してオフィスビルへと戻った。




 誰が五十嵐さんや!!! 


 私の涙を返せ!!!!!!!!!!!!




 その後、デスクに戻るや否や、高山部長のねちっこい指摘を全て倍返しで論破して、高山の首の根を止めてやった。



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知らない男の、「21回目の誕生日」について無理やり聞かされる話 さーしゅー @sasyu34

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