満月の輝き

黒百合咲夜

十五夜の惨劇

 その夜、不気味なほどに空いている高速道路を一台の車が走っていく。出張から帰る途中の男は、助手席に置かれた妻と娘へのプレゼントを見て、満足そうに微笑む。


「もう少しだ。帰るのは一ヶ月振りだし、加代子と会えるのが楽しみだ」


 ウキウキとした気分で、思わず独り言を漏らす。この時間なら、まだ娘も起きているかもしれない。出迎えてくれると思うと、仕事の疲れなど瞬く間に吹き飛んでしまう。

 他に走っている車はなかったので、男の車は早々に高速道路から降りることができた。国道に入り、自分の家の近くまで戻ってくる。

 途中の川の上、橋で男は車を停めた。向こうから、近所の仲良し夫婦が歩いてくるのが見えたからだ。


「こんばんは豊田さん」

「ええ、こんばんは三角さん。今日はいい月の日ですね」

「ですね。確か、今日が十五夜でしたっけ」

「ええ。実はね、これから妻と二人で団子とススキを買いにいくんですよ。庭でお月見するんです」

「それはいいですね」


 何気ないいつもの会話。これで、やっと帰ってきたという安心感が男に溢れた。


「そういえば」


 と、近所の奥さんが続ける。


「十五夜といえば、なにかあったような……。なんだったっけねぇ?」

「何かありましたか?」

「えーと……ダメだ。忘れてしまって……」


 その時、空気が変わった。体に纏わりつくような重たいものへと変化し、背筋に寒気まで感じるようになる。

 この異常現象は、男たちの不安を掻き立てた。なにか、自分たちがとんでもないことをしてしまったと本能が訴えてくる。

 しばらくすると、声が聞こえてきた。誰か、女性の声で泣いている。


「泣き声?」

「喧嘩でもしたんでしょうかね?」

「でもこの声、なんとなく悲しい気持ちに……」


 目から涙がこぼれた。男も、夫婦も、自然と声に合わせて泣いてしまう。

 男はアクセルをいっぱいに踏み込んだ。車は急発進し、道路を直進する。加速の途中でシートベルトも外し、男の車は電柱へと突っ込んだ。電柱は根本からへし折られ、男の車へと倒れて車体を押し潰す。男は即死だった。

 夫婦の夫は、近くに落ちていた重たいものを集め始める。それが充分な量集まると、それを服の中に入れて川へと飛び込んだ。体が沈み、溺死する。

 夫婦の妻は、たまたま持っていたカッターを取り出した。刃をいっぱいに出し、先端を自分へと向ける。そのまま、躊躇うようすもなく自分の喉を思いきり切り裂く。大量に出血し、倒れて死亡した。

 いきなりの三人の自殺。車が派手に事故を起こしたというのに、警察がやって来る気配もない。

 当たり前だ。この時間は、のだから。

 満月を大きな影が隠す。その影は、誰もいなくなった外の世界をゆっくりと歩いていた。


 ――十五夜の夜に外に出ると、自殺してしまう。


 数年前から報告されるようになったこの現象は、十五夜の惨劇として人々に恐れられるようになった。屋内にいれば自殺は回避できるため、人々はこの美しい満月の日に、外に出ることがなくなったのだ。この現象は、日本人から最も美しい満月を奪い去っていった。

 ただ、たまに惨劇を忘れたり自殺する勇気がなかったりする者が外に出たりして、毎年死者が出てしまっている。

 そして、この年の犠牲者は全国で三百人を越えた。

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