涙木 るいぼく
鈴ノ木 鈴ノ子
はじまり、はじまり。
山々は木々の落ち葉で衣を纏い、川は落ち葉で水を研ぎ澄ましてゆく。地を這うものたちは姿を隠し、静寂が目を覚まして這い出てくる。木々は彩をやめ、露わになった細い枝や幹を晒して耐え忍ぶ。
寒風が吹く木曽路を彼女はゆっくりと歩いていた。
ロングコートに淡い桜色のマフラーにパンツスーツ、舗装されているとはいえ、山郷の道には不釣り合いな格好である。
引いている大型のスーツケースは今にも張り裂けそうなほど膨らんでいたが、貼り付けられた各国のステッカーと傷が歴戦の勇姿を物語っている。
でも、それも過去の栄光となってしまった。
今の彼女は人形と化した人間となって、流木の様に流さられるまま、この地へたどり着いた。
死んでしまおう。
車窓から山並みをずっと見つめていて、停車した落合の駅でふと木の葉の墜ちる様に死を意識した。ひらひらと舞って最後の優雅さを出し切った木の葉は地に落ち寒風に流されて行く。
まるで今の私だ。
そう思ったとたん、身体は動き逃げる様に車内から出て今に至っている。思考回路はとうにショートして焼き付いていた。
彼女とスーツケースの足音だけが、周りに響き、時よりカラスの鳴き声と、夕闇が迫る山々と空色がまるで異界に向かうようであった。
30分ほど道なりにただ歩き続けていると、ふと、路側帯に1台の大型バンがハザードを灯しながら停車していた。
真っ暗闇に良く目立つ黄色い淡い光。
気がつけば涙を流しながら歩いていた。
そのため淡く光が見えたのだ。
運転席のドアから黒い人影が降りて、ゆっくりとこちらへ歩いてくる、小刻に聞こえる靴音にも、彼女はなんの感情も抱かなかった。
どうしました?
突然、明るい光に辺りが照らされた。
携帯電話のライトを彼が灯してこちらへと向けている。
なんでもないです。
そうは見えませんよ?足元を見てください。
彼がそう言って照らした足元はいつの間にか靴がなくなっており、擦り傷だらけで血まみれの素足があるだけであった。
あれ…。あはは、あははは。
突然に笑いが込み上げてくる。
ただただ不気味にから笑いする人形は、気を失ってその場に崩れ落ちた。
参ったな。
とっさに抱き留めた彼は、木々に囲まれた窮屈そうな夜空を見上げてため息をついた。
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