夢日記《ログ》サバイバー!~結末から始めるやり直し!夢日記《ログ》を武器に、あの娘の運命を変えてみせる!~

狐月 耀藍

第1話:こんな結末があってたまるか

 首とは、こんなにも簡単に取れるものか。

 首を失った胴体に興味が失せて放り捨てると、石の壁の向こうから、なにやらとげのようなものが飛んできた。それも、一斉に。


 ちっぽけなとげくらい、と思ったが、これが意外にうるさい。面倒くさくて手で払おうとしたとき、その手に何かを握っている気がした。


 手を開くと、ぼろぼろのなにかだった。

 さっきの、じたばたとうるさかったやつとちがって、こっちはひどくおとなしい。


 元はきっと、綺麗に整えられた金髪だったろう、ずたずたにされた髪。

 あざだらけの顔、前歯がすべて折られているのが見える半開きの口、虚ろな目。

 ぼろぼろに引き裂かれた布は、泥などのシミで見るも無残だ。

 

 ああ、これが『国華』とうたわれた、――だろうか。


 ガッ――!


 こめかみに、鈍い痛みが走る。


 痛みに顔をしかめ、跳ね返って落ちたものをつまみ上げる。

 石だ。ただし、いま左手に握っているやつの頭の、何倍も大きい。そんなものが、続けて何個も石が飛んでくる。だれだ、こんな石を投げている奴は。


 飛んでくる方向に背を向けてやり過ごす。背中で受け止める方が、いくらかマシに感じた。


 その間に、左手のぼろ雑巾のようなそいつを見つめる。

 なんでこんな奴を握っていたのかまったく覚えがない。

 ただ、なぜか胸が痛む思いと哀れみがこみあげてくる。


 ――と、足元でなにか、ひっかくような感触があった。


「この化け物めが!」

「殿下の敵討ちだ!」


 ぎらぎらと銀色に輝く体をしたやつがわらわらと、いつのまにか足元に湧いていた。どれもこれも、銀色の薄っぺらい棒を腰から抜き放つと、俺の足――かかとのあたりに斬りかかって来る。


「筋を切れ!」

「いくら化け物でも、足の筋を切れば動けなくなるはずだ!」


 化け物──そう、言われて、どうも斬りつけられているらしい自分の足を見る。

 自分でも見たことのない、太く、節くれだった、真っ黒な、毛むくじゃらの足。


 ──化け物。


 そうか、俺は、化け物と呼ばれるものだったのか。

 じゃあ、化け物らしくしてみよう。


 右手で二、三匹ばかり、まとめてつかむ。多少は固いように思えたが、何のことはない、簡単に握りつぶすことができた。


 先ほどの威勢はどこへやら、後ずさりを始めた連中に手の中のものを投げつけてみると、数匹がまとめてはじけとんでいく。

 それを合図にするように、連中は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。殿下の敵討ちとかいうのはどうした、薄情な奴らめ。


「そ、それ以上動くな! こ、こ、こいつがどうなってもいいっていうのか!」


 銀色の連中のうち、頭のてっぺんから赤い毛を生やしている奴が、栗色の毛の青い奴――といっても、裸同然にぼろぼろだが――を背後から捕まえるようにして、何か、わめいていた。


 知らないよ、そんな奴。周りがみんな逃げていくなか、ひとりで青い奴を捕まえてわめいていたそいつの頭を、今度は潰さないように慎重につまむ。


 が、銀色の体が、重すぎたのだろうか。軽く持ち上げた時点で奇声を上げ、そのままだらりと動かなくなった。


 こんなにも。

 こんなにも脆かったのか。


 俺を虐げてきた生き物は、こんなにも脆かったのか。


 俺は、こんなにも脆い生き物に、虐げられてきてしまったのか。


 どれだけ愚かだったんだ。

 どれだけ臆病だったんだ。

 どれだけ怠慢だったんだ。


 自問自答して、しかし、その思考に首をかしげる。


 ――だれが、だれに、虐げられていた?

 意味不明だ。俺は今、なにに呆れていたんだ?


 石造りの城を見上げる。

 投げるのは得意ではないが、さっきつまみ上げた奴をしっかり握りしめ、思い切り振りかぶって城の中に投げ込んだ。

 一瞬だけとげが降り止んだが、また一斉に降ってきた。目障りでしょうがない。


 俺はそいつらを沈黙させようと、歩き出そうとした。

 ――その時だ。


「だめ!」


 俺の足を、掴む奴がいた。


 さっき、銀色の奴につかまっていた奴だ。

 栗色の髪を振り乱して、俺の足にしがみついてる。


「──! ──! あなた、──なんでしょ! 目を覚まして!」


 うるさいやつだ。


「──! これ以上はもうだめ! もうやめて、──!!」


 繰り返し、何か単語を言っている。分かるはずなのに、よく分からない。

 そいつをつまみ上げてみる。今度は潰さないように、ひらひらの部分を。


「こ、こらーっ! ──、あなた、こういういやらしいことだけはしない人だって思ってたのに!」


 逆さまになってもバタバタと暴れるので、足をつまんでぶら下げてみる。


 さっきから嗅ぎなれたにおいがしてくる。

 さっきの奴らも同じだった、足の付け根から漂ってくるにおい。


「ば、ばかあーっ! もう、──のこと、ゆ……ゆるさないんだから!」


 なにやら、顔を真っ赤にしながら、必死に腕で前の布を押さえている。

 逆さ吊りになっても元気だ。さっきまでのやつらとは違う反応に、興味がわく。


「早く下ろして、──! みないで、においかがないでっ! やだ……あなたにだけは──」


 不意に、開いていた左の手のひらに痛みが走る。


 例の石だ。また始まったのか――

 そう思って、左手に目を落とした。


 ――潰れていた。

 俺の手にあった、あの、ぼろぼろの奴が。


「……マ……マ、サ……」


 それまで虚ろな目で、どこをみているかもわからなかったそいつが、なにかを言おうとしていた。

 右手をゆらゆらと持ち上げ、こちらを見て、何かを訴えるように。


 でも、そいつの胸から腹にかけてひどく傷ついてた。どう見ても、もう長くはもたないだろう。


「ひ、姫、さ、ま……!!」


 右手でつまみ上げている奴が絶句し、顔をくしゃくしゃにして泣きわめき始める。


「お医者様! お医者様を! 姫さまが、姫さまがこのままじゃ……!」



 暴れていたのが、急に大きく揺れて、そして沈黙する。

 今度は潰していない自信があるぞ?

 どうした?


 だらりと垂れ下がるそれをよく見るため、顔に近づけてみると、赤い汁が垂れてきた。もともと裸に近いぼろぼろのそいつは、赤い汁だらけで、もっとぼろぼろになっていた。


 さっきまであんなに元気だったのに、今はぴくりとも動かない。


 長く垂れさがる栗色の髪は赤い汁にまみれ、だらりと下がる両腕は――いや、右腕がなくなっていた。

 なぜだ、なぜ急に、こんな――


 ――と、頬に、右手に衝撃。

 あの石つぶてだ。


 あれのせいか……。

 あれのせいで、こいつは……!


 全身の血が沸き上がるような、どす黒い情念。

 その瞬間だった。


『私が、あなたの一番になれたら、うれしいな――』

 

 見たこともない、栗色の髪の女性の、少し困ったような、それでいてとても嬉しそうな、そんな笑顔が脳裏に、鮮烈に浮かぶ。


『こら。私はそこまで許したわけじゃないんだよ?』


 俺を上目遣いに見上げるように、人差し指を向ける彼女。口調は怒ってみせているけれど、その表情は、とても晴れやかで。


『――もっと、早く、こうなりたかった。そうしたら、きっと私はあなたの――』


 胸が痛くなるほどに締め付けられる、ぼろぼろと涙をこぼしながらの、儚げな笑顔。


 ――なんだ。


 なんだ、なんなんだ、これは……?


 俺は何をした?

 なぜこんなにも胸が痛い?

 どうにも収まらない慟哭と、そして破壊への衝動。


 目の前の城、だったものが、紙細工のように消し飛んでいく。


 許さない。

 もう何もかもおしまいだ、もう知るか。


 じりじりと、脳をえぐるような不快な衝撃が頭の中を駆け巡る。


 こんな……こんな結末があってたまるか。

 こんなのが運命だなんて、受け入れてたまるか!


 すべて、すべてぶち壊す!

 彼女・・が――彼女たちがこんなことになってしまったのならもう、知るか!


 じりじりと、じりじりと、耳をつんざくような 急き立てるような焦燥感。

 俺は、手を伸ばし――


「うわぁぁああああぁぁぁああああああッッ!!」




 じりん!

 目覚まし時計が倒れ込んできて、俺の額に直撃する。

 必死に伸ばしていた腕は、ついに伸ばした先に目覚まし時計がないという徒労に気づいたようだった。


 眼前でけたたましく騒ぎ続ける目覚まし時計。

 ちくしょう、うるせえよ!


――――――――――

 お読みいただきありがとうございます。

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