第17話 醜い魚

テーマ水槽と言われる小さな水槽の前で、小梢は立ち止まり、水槽の中の魚を見つめている。


時折見せている悲し気な目で、小梢は水槽の中の魚を見つめていた……。

エゾイソアイナメ、通称『どんこ』と呼ばれる魚だ。ちょっと愛嬌のある顔をしている。


「あれ~、『どんこ』だ。久しぶりに見たよ、田舎の水族館にもいたんだ」


中学一年の時に行った田舎の水族館、そこで一番印象に残っているのは『どんこ』だった。



「醜い顔……」


小梢がちいさく呟く。



その時、僕は田舎の水族館での出来事を思い出した。




……あれは……。




デブだブスだと虐められていた女の子……。名前は……、そうだ、たしか『土門』と言ったっけ。土門……何々子、下の名前は知らなかったけど、遠足で訪れた水族館で『どんこ』『どんこ』とからかわれていた。


土門何々子を略して『どんこ』、醜い顔の魚に例えて水槽の前で苛めっ子の男子にからかわれて泣きそうだった、あの子。


僕は、見かねて『愛嬌のある顔だよ。食べると美味しいんだ』とか、フォローになってないけど庇ったんだ……。



「醜くなんかないよ。愛嬌のある顔だ」


あの日と同じことを僕は言った。



小梢は、大きな目を更に大きくして僕を見つめる。


「圭君らしい言い方だね。醜くても優しい……でも、『どんこ』より熱帯魚を、人は好むよ」


まただ……。小梢が時折見せる悲し気な目に、僕は不安になる。いつか、小梢が僕の元からいなくなるのではないかと。



「観賞用と食用じゃ、役割が違うよ。ちゃんと魚なりに役割があるんだよ」

と、またしても僕は意味不明のフォローをしてしまう。



「そうだね 笑」


小梢は笑ったが、弱々しい笑顔だった。



水族館を出て、僕たちは江の島の方へ向かう。


「うわ~、富士山があんなに大きく見える」


国道と江の島を結ぶ歩道橋を歩きながら、右手に見える大きな富士山を指さした。


「ほんとだ、凄い大きく見える。頭の方にはまだ雪があるね」


歩道橋で立ち止まり、僕たちは大きく見える富士山をバックに写真を撮った。

いつものように小梢が撮って僕に送る。

こうやって撮った写真が僕のスマホに蓄積されていく。



(今日、本物の恋人になって、これからも、もっともっとアルバムを増やしていくんだ)



僕は決意を新たにした。



江の島に渡ると、江の島神社の入り口は観光客でごった返していた。


「す、すごい人出だね……」


有料のエスカレーターで上の神社まで行けるのだが、そこも長蛇の列になっている。


「待っている間に、歩いて行けば上に行けるよ。歩いて行こう」


小梢はそう言ったが、彼女は服装に合わせてパンプスを履いている。上までかなり階段を上らなきゃいけないが大丈夫だろうか?


「大丈夫かな? 歩ける?」ちょっと心配な僕。


「大丈夫だよ。わたしたち若いんだから、歩こう」

そう言うと、小梢は僕の手を握り階段を上り始めた。


こうやって、さりげなく手を握れることが、僕は嬉しかった。


思わず、小梢の手を強く握ってしまう。

小梢も、応えるかのように握っている手に力を込めた……。




江の島神社でお参りを済ませ、僕たちは展望タワーへと登った。

そこの入り口でもやはり長蛇の列で待たされたが、待った甲斐のある素晴らしい景色だった。


湘南の海岸や、富士山、ランドマークタワーまで見渡せる景色は絶景そのものだった。

もし、ここから夜景を見れたら、どんなにロマンチックだろうと思えた。



(も、もし……、小梢とずっと付き合えて、そして結婚を意識するようになったら、ここで夜景を見ながらプロポーズしよう)


などと、まだ見ぬ未来のことまで考えていた。正式な恋人にもなっていないのに。


「圭君、どうかしたの?」


「ん? なにが?」


「なんだか、さっきからニヤニヤしてる 笑」

「あ、あはは、いや、あまりにも景色が良いので、つい嬉しくて」


「(このタイミングで告白しても良かったかな、今ならスラスラと言えそうだ)

こんな高い所から海を見渡せるなんて、田舎にいたときは考えもしなかったんだ」


不意に小梢が腕を絡めてきて、頭を僕の肩に預ける。


「わたし、今日の事、一生忘れないと思う。ありがとう圭君」


礼を言うのは僕の方だ。小梢のようなS級美少女が、こうして僕の隣にいてくれる。

それにしても、一生忘れないなんて大げさな……と、またしても不安がよぎってきた。


これじゃあ、まるで僕とはもう会えないかのような言い方だ。



でも、僕にとってもこんな幸せは、生まれてきて一番のものだ。


「僕こそ、今日の事は忘れないよ……。僕こそ、ありがとう。小梢」


僕も首を傾けて、僕の肩に寄り添っている小梢の頭に頬ずりした。

嗅ぎなれている小梢のシャンプーの匂いが、するはずのない潮の香りと交わったような気がした。



  ああ……、小梢が好きだ。





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