共感の煙草

カオスマン

共感の煙草

 深夜一時。大学の部活寮は暗闇が支配していた。同棲している先輩の寝息がうるさくてとてもじゃないが寝られなかったので、イヤホンを耳にぶち込んで音楽を聞いていた。

 『ドクターフィールグッド』のライブ盤は、パブロックらしく小気味のいいカッティングリフを放った。激しい曲調は眠気を覚ましたが、今日はそれでも良かった。どちらにせよ眠れないだろうからだ。


 突如、曲に似つかわしくない電子音が頭に響く。ラインの通知だった。

 

 こんな深夜に誰だろう、と確認すると同期の高木からメッセージが来ていた。そこには「ちょっと外いかない?」と書かれていた。

 

 消灯時間を過ぎてから外出するのはご法度で、見つかれば説教が必至だったが、機械のように同じ日々を送っている俺は、刺激とスリルを求めていたために手拍子で了承の返信を送った。


 周りを起こさないように、猫のように音を殺しながら部屋から抜け出す。階段を下りると高木が踊り場の暗がりに座って待っていた。俺たちは二匹連れだって階下に向かう。

 

 一階には共同のリビングがあり、時折、先輩やコーチが使用していることがある。そのため、慎重に様子を見つつ進んだ。

 今日は運が良かったようだ。リビングの灯りは消えていた。

 

 俺たちは笑いあった。


 急いで靴を履いたのち玄関から堂々と外へ出た。春の夜は少しだけ寒かった。


「どこへ行く?」

「公園」


 大通りを隔てた向こうにいつも人気のない公園があった。高木が言っているのはその公園のことだろう。

 信号機が青になったのを見計らって俺たちは駆けていった。


 公園にはやはり誰もいなかった。高木はおもむろにブランコに腰を掛けるとポケットから煙草を取り出し、口に咥えた。


「おいおい」


 喫煙が露呈すれば退部だ。それは俺たちの所属している運動部の鉄則で俺はもちろん、高木も知らないはずがなかった。

 

 だが彼はにやりと笑うと、一本差し出してきた。


「知ってるぞ。お前もやってんだろ」


 彼の言っている通りだ。俺は去年から人目を忍んで吸っていた。

 ため息を吐く。そして煙草を受け取った。

 

 高木は百円ライターで火を着け、投げて寄越した。

 俺も同様に火を着けた。

 煙が舌を洗い、痺れる。


「やってらんねえ」


 俺の言葉を皮切りに、お互い、様々なことが口から飛び出してきた。それは練習がキツいだの、やれ先輩がうるさいだのといった、とりとめのないことだった。

 どちらも煙草に酔っているのか愚痴は尽きなかった。

 

 俺はそうしたさなか、どこか寂しくなっていた。

 言葉を分かち合うたび、そのうち終わりがくるこの時を、やけに短く感じさせた。

 多分、高木も同じ気持ちなのだろう。そうであったらいい、と思う。

 

 いつの間にか会話が止まっていた。

 しかし気まずい沈黙ではなかった。

 手元には、煙草が燃え尽きようとしていた。


「もう一本いる?」


 首を横に振り、断った。

 高木はまた一本咥えていた。

 

 彼の吐く煙は宙に消えてゆき、星をわずかに曇らした。

 叢雲に混じり溶けてゆくそれをぼうっと見ていた。

 俺たち二人で見ていた。

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