痛いほど理解させられる私
飯田三一(いいだみい)
痛いほど理解させられる私
私は無性だ。このことは一部の関係の深い友人しか知らない事で、両親にはまだ打ち明けられていない。それでいて病院に受診したわけでも無いので、確証が持てることではない。
けれど、私のことは私が1番知っている。
そんな私は今日、家族旅行に行くことになった。私の誕生日旅行だ。そこには大衆浴場があった。
先に言っておくと、私の両親は昔から大衆浴場が好きで、私も昔はよくついて行っていた。けれど私はしっかりとこの無性を自覚してからは、行かないようにやんわり断ってきた。だが、今日は旅行のホテルの大衆浴場。私はバレたくない心からやむをえず同行することにした。三年行っていないとはいえ、三年前には普通にいけていたんだ。きっと大丈夫だ。そう思って、行った。
しかし、今日はやたら若者が多かった。いままでは老人の多い環境が多かったのだと私は思い知る。私は脱衣所に入った瞬間に前が向けなくなった。私はそこに偶然あった岩盤浴に逃げ込むことにした。専用の服に着替えなければならなかったのだが、それは脱衣所にあるトイレで着替えた。逃げた。先延ばしにした。とりあえず岩盤浴の休憩所にある漫画を読んだ。爽快感のあるコメディで、精神状態が不安定な私は、心を落ち着けた。漫画を読み終わった頃、30分くらい岩盤浴に入っ た。殆ど貸切状態で、その室内にずっと入れる気がした。しかし、風呂にいれる時間は決まっており、その時間はもう迫っていた。向かう決心をするものの、私はひとつ下の階の休憩所に逃げた。そこに5分くらい座った。テレビの天気予報をぼうっと見つつ、常に画面の右上に表示されている時間に急かされた。心臓が早まった。同性の生殖器にドキドキしてしまう。そしてその前で脱ぐ。そんな自分の姿を想像しながら。
岩盤浴でかいた汗とは違う嫌な汗が流れ、心臓が早くなる。
私は決心を決めて脱衣所に向かう。中に入ると、また前が向けなくなる。そしてゆっくり服に手をかけ、脱衣する。感覚としては、都会の真ん中で脱いでいるような気分だった。そして脱ぎ終わって、下を向いて自分の体を見て感覚を押さえながら入る。また他人の、若者の生殖器が目に入る。そして心臓が高鳴る。嫌だった。嫌だった。
私はシャワーに座り、鏡を見ずに下を向いて体を洗う。周りの笑い声が自分のその態度に向けられているような気がしてならなかった。シャワーはひねるとしばらく出続けて、勝手に止まるタイプのものだった。私はそれで黙々と洗ううちに、諦めの様相を呈していた。もうどうにでもなれ。そう思った。ゆっくりと浴びて、最後はシャワーが勝手に止まるまで浴びてから行こうと思っていたのに、シャワーがいつまで経っても止まらなかった。このタイプのシャワーは何度も使ったことがあるのに、原因がさっぱり分からなかった。色々いじった末に、ひねる所を少し上に戻すと止まるということに気がついた。これは今日知ったトリビアだ。
私は申し訳程度の温泉に浸かろうとして、風呂に入るのだが、もうそれどころでは無い。周りには見渡す限り裸の他人。この状況にたえながら浸かるも、私は浴槽に浸からない位置でタオルを握って、それを凝視することしかできない。心の中で何百回もごめんなさいと謝りながら入った。誰に謝るでもなく、自分自身への精神安定剤のように謝り続けた。目の脇に照明が水面に映り、それが水面の揺れによって光がMの字を描いていたのを強く覚えている。何十分にも感じた時間だったが、実際は数秒もなかった。
その後脱衣所に上がるのだが、ちょうど自分の近くのロッカーを使っている人がいたので、引き返して湯に浸かる。私は湯に安心感を覚え始め、自分は湯の服を着ているのではないかという錯覚を思わせた。
しかしそれも長くは持たず、もう一度ロッカー前に行き、もう人が居ないことを確認して、急いで服を着た。その時、また生殖器が目に入り、心拍数が上がる。そのまま服を着て逃げ帰る。親が待っていて、私は気持ちを落ち着ける時間がなかった。
親にはのぼせたと誤魔化した。実際心拍数が上がり、酷く疲れ、ぐったりしていた私は、のぼせた状況そのものだっただろう。
痛いほど理解させられる私 飯田三一(いいだみい) @kori-omisosiru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます