泣かないで

新吉

第1話

 君が泣かないでっていうから私は、もっともっと泣いてしまう。涙は桜の木の下で、根本の土に染み込んでいく。ぐしゃぐしゃのひどい顔できれいになれない私を、私はもっとずっと嫌いになった。


「バイバイ」


「まーちゃん、またね」


「また会うの?」


「学校で会うじゃない」


「うう、あだし、もう森君に会いたくない!」


「ははは、まーちゃんやっぱり面白いね」



 何が面白いのか。私は今フラれた。好きです付き合ってください、ごめんなさい、そうですよね、そこから涙が止まらなってしまった。めんどくさい女でごめんなさい。泣かないでと言ってくれる彼はやっぱり優しかった。またね、なんて軽々しく言わないでほしい。また学校で会うけど。そんなに簡単に5日寝込めば次の恋に突っ走れる勇者でもない。


「まーちゃん、じゃバイバイって言えばいいの?」


「そう、バイバイ」



 バイバイ私の恋。あっけなく散った。ここは学校の裏、桜の木の下。元々寂しいこの場所に寂しく一人。とはいっても学校だから、部活の声や誰かの話し声も聞こえてくる。


「あーあ、俺また見ちゃったよ」


「え、なになに怖い話?」


 嘘、だったら耳をふさぐわ!やめてー!



「ちっげーよ!森に告白した女の子がフラれちゃったところ」


「そんなのしょっちゅうじゃん。お前、よっぽど暇なんだな」


「うるせーよ。まあそれでさ、彼女いるわけでもねーし、なんでずっと断るんだろうなって」


「男が好きなんじゃね?」


「やっぱ、そう思う?え、お前は?そういうのキモイ?」


「えー?オレ?うーん、俺は別にお互いがいいなら、いいんじゃねって思う」


「え、マジ…」



 やっべ森君の話じゃなかった。私は走って正面玄関へ、下駄箱に向かう。自分の上履きに何かメモが入っていた。



「森君被害者の会に入りませんか 二年三組恵より」


 可愛い丸文字のそれをポケットに入れると声をかけられた。



「こんにちは」


 先輩だ。とても美人。上履きに青い線がある。


「私恵、だけどそのメモ読んだ?」


「はい」


「…入らない?」


「入りません。まだ立ち直れないけど被害者ではないので」


「そう、残念だわ。森君と同じクラスよね。彼に何かあったら私に知らせてくれない?これ連絡先」


「あ、それくらいなら全然いいですよ」



 それから私と先輩の奇妙な関係が続いた。だいたいSNSで情報共有をした。「森君が今日は珍しく遅刻しましたたよ、寝坊ですって」と私が送れば、「今日は遅刻記念日いや、寝坊記念日ね」と。「体育で50m走で3番目に早かったですよ」と伝えたら、「窓から見てたわ」と。先輩はいつだったか私に言った。もう何度も告白してる、彼を嫌いになれない私が一番嫌いなの。私はもう森君のことそんなに好きじゃないかもしれないと思った。そしてあなたが被害者の会員になるといったらこんな風に誘わなかったと、森君被害者の会はたぶん存在しない。


 先輩の卒業の日になった。森君は頭もいいから送る言葉を読むことになった。「送辞」の一声で先輩は泣いた。私もなんだか涙が出た。いまだに私のあと森君に告白する人はいない。



「森君、私あなたが好き」


 私は恵さんにここにいててね、と言われていた。これか。


「めぐ先輩」


「森君、私と付き合ってくれませんか?」


「いいですよ、俺も付き合いたいです」


「やったー!よかったですね、先輩!!」


「まさか21回もめぐ先輩告白してくるなんて」


「森君、数えてたの?」


「俺のどこをみんな好きになるのかわかんなくてさ」


 私は優しいところが好きだった先輩はたぶん


「全部好き!表情に出やすいところも、友だち多いのも!50m走も悔しそうだったね…あ、あの私ちょっと変なんだ。まきちゃんと森君追っかけてた、気づいてたよね」


「もちろん。正直はじめはストーカーだと思ったけど、だんだん俺も先輩いないと寂しくなってました」



 めぐ先輩の21回目の告白。そのあと送辞の話でまた泣き出してしまうめぐ先輩に、森君は泣かないでとは言わなかった。私はそーっと後ずさりして森君に手を降った。またねと口パクしながら。森君もちらっとこっちを見て、またねと口パクしていた。

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泣かないで 新吉 @bottiti

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