98話 再び
みんなが帰った後……ひとまず、その冒険者を呼び出す。
いたって普通の若者がやってきたので……。
「さて、君が見たのはどんなモノかな?」
「は、はい!」
何だろ? ガチガチに緊張してるけど……。
あっ、逃げたから怒られると思ってるのかな?
「大丈夫、別に怒ってるわけじゃないから」
「ほ、本当ですか?」
「うん、仲間を置いて逃げたとかなら別だけど。君が発見した時は、何もいなかったんだよね?」
「は、はい……本当に良い人なんだなぁ」
「はい?」
良い人? なんのことだろう?
「い、いえ! ……そうです、私が見た時は何もいなくて。ただ、魔獣の死体が散乱してて……真っ二つになっているモノ、首だけがないモノ、バラバラにされているモノ……様々な死体が」
「フムフム……食べた形跡はなかったんだね?」
「はい……多分ですけど。怖くなって、すぐに逃げてしまったので……」
なるほどねぇ……信憑性は薄いけど、やっぱり気になるね。
「何か、わかることは? もちろん、確証はなくて良いから。あとで違っていても、それで責めたりはしないと約束するよ」
「わかることですか……何か、とてつもない力で粉砕? 斧とかですかね? もしくは、引きちぎられた感じでしょうか? あっ——あと、二つの足跡がありました! 蹄みたいな感じの! 結構大きかったです!」
「なるほど……わかった、ひとまず下がって良いよ。色々とありがとね」
「い、いえ! お役に立てて光栄です! し、失礼します!」
最上位の敬礼をして、若者が部屋から出て行く。
……王族っていうのには、未だに慣れないなぁ。
「はぁ……」
「ふふ、お疲れです」
「リン……どうしても慣れないね」
自分が、相手に緊張を与えてしまう存在ということを。
まあ、俺にできることは……なるべく、威圧的にならないようにすることかな。
無駄に偉そうな奴って、前の世界から嫌いだし。
俺は、たまたま王族に生まれただけって話だ。
そこを勘違いしちゃいけないよね。
「それで良いと思いますよ?」
「えっ?」
「今の兵士も、いたく感動していましたから」
「そうなの?」
特に感動する場面なんかなかったけど?
とりあえず、偉そうにしないように気をつけたけど。
「ふふ……それが、マルス様の良いところです。ずっと、変わらない……私は、それに救われたのですから」
「……よくわからないけど。まあ、良いや。俺は、俺の思う通りにやるしかないし」
「ええ、それで良いんです。後のことは、私たちが支えましょう」
「うん、お願いね」
さて……あとは、姉さんに報告と聞き込み調査をするかな。
それから、数日後……姉さんの部屋に呼ばれる。
「マルス、文献を調べてみたけど……一つだけ、それらしいモノがあったわ」
「さすがは姉さん! ……随分と、暗い顔してるね?」
姉さんにしては珍しい表情だ……それだけ、やばい奴なのかな?
「ええ……とてつもない怪力の持ち主で、二本足で立つだけじゃわからなかったけど……蹄のような足跡でわかったわ。そいつは——」
姉さんから、その単語を聞いた俺は……すぐに、映像が浮かんできた。
「あれ? それって……」
「あら? 知ってるって顔ね? 何故かしら?」
まずい……こんな時は伝家の宝刀だ!
「ほ、ほら! 俺だって、書庫に篭ってたし!」
「……まあ、良いでしょう。それで、どうするの?」
「うん? 決まってるよ——倒すよ」
俺の予想通りなら、あんなのは放置できない。
「でも……危ないわ。目撃証言も、ここ数十年はない魔物よ? その強さも……伝承通りなら、A級冒険者でも倒せなかったとか」
「へぇ……それは強そうだね」
「わ、私もついて行こうかしら?」
「ダメだよ、姉さん。姉さんは、替が効かないんだから」
王家唯一の女性としてもそうだし、有数の知識者としても。
姉さんが最近は前線に出ない理由も、それが大きい。
みんな、本当は研究や指導をメインにさせたいはず。
何より……姉さんを戦わせるわけにはいかない。
「でも……マルスの代わりだっていないのよ? 少なくとも、私達にとっては……」
「わかってるよ。大丈夫だよ、姉さん——俺は姉さんより強いから」
「……へぇ?」
こわっ!? 目がこわっ!? 今、光ってなかった!?
でも……ここで引くわけにはいかない!
「試してみる?」
「……フフフ……良い度胸ね。ええ、良いわよ」
「じゃあ、ついてきて」
俺は震える体を押さえつけて……堂々と先を歩いてく。
「……背中、大きくなったわね」
「えっ?」
「いえ……なんでもないわ」
道中にリン達がいたので、立会人を頼みつつ……。
都市の外へと出て行く。
「あら、みんな勢揃いね」
「全く、姉貴も過保護だよな——ヒィ!?」
姉さんの視線をくらい、兄さんが震え上がる!
あれ? 俺、選択間違ったかな?
あれに喧嘩売ったんだよね?
「ライル? 貴方もやるかしら?」
「い、いえ! 結構です!」
「ははっ! 情けねえ!」
「うるせえ! ゼノス!」
「二人とも、お静かに」
バランさんの一言で、みんなが静かになる。
そして、バランさんが一歩前に出てきて……。
「では、私が立会人を務めましょう。近衛として、危険と判断したら問答無用で止めに入ります故」
「ええ、それで良いわ」
「うん、問題ないよ」
みんなが離れたのを確認し……いよいよ、姉さんと対峙する。
あの時とは違うってことを……姉さんに見せつけないとね!
姉さんに安心してもらうために!
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