50話 遠い日のこと

 ……リンを引き取ったのは良いけど。


 最初は大変だったなぁ……。


 前世の記憶を思い出す以前のことを思い返す……。







「君さ」

「ご、ごめんなさい!」

「い、いや、怒ってるわけじゃなくて……こっち来れる?」


 自分の部屋に連れてきたは良いけど、部屋の隅っこから動かなかったんだよね。


「い、痛いことしませんか?」

「うん? しないよ」

「うぅ……」


 怯えきっていて……触れたら壊れそうな身体をしていたね。

 今考えると……俺が男だからっていうのもあったんだろうね。

 リンは当時十五歳……そう思われても仕方ないことだね。



「ほら、もっと楽にしてて」

「で、でも……ほんとに?」

「うん、君も食べてよ。ここんところ、ずっと一人でつまんなかったし」

「わたし、奴隷だし……何もできないし、失敗ばかりで……こんなのもらう資格ないです」


……確かご飯を食べさせるのも一苦労だったね。

しかも、俺と一緒にということを頑なに断っていたね。

でも、当時の俺も寂しかったんだと思う。

ロイス兄上は王位に、ライル兄さんは騎士団に、ライラ姉さんは宮廷魔導師として働き始めた頃だったから。


「誰だって、最初は失敗するさ」

「あのぅ……どうして、マルス様は殴らないんですか? 失敗ばかりのわたしを……」

「そんなの非効率じゃないか。怒ったり殴ったりしたところで、相手を萎縮させるだけだし。何より、めんどくさいし」

「……ふふ、変な人」

「おっ、いい顔だ。やっと笑ってくれたね」

「ご、ごめんなさい!」

「何も謝ることないさ。ほら、一緒に食べよう」

「……はいっ!」




 そうして……俺は少しずつ時間をかけて、リンと接していった。

 一定距離をとって、極力近づかないように。

 そうしていくうちに、リンの警戒心が溶けていった気がする。


「マ、マルス様」

「ん?」

「わたしは、なにをしたら……?」

「別に何もしなくていいんじゃないかな? 今まで辛い目にあってきたんだからさ」

「でも、奴隷のくせにって……」

「気にしないでいいよ。俺なんて穀潰しとか言われてるし」

「あの、その……マルス様は優しいですよ?」

「ありがとう。まあ、したいことがあるなら好きにしていいよ」

「したいこと……」


 そうだ……この頃はおどおどしてて……弱々しかったね。





 いつからだったかな……リンが今みたいになったのは……。


「マルス様!」

「うん?」

「わたし……私は、今日から名前に相応しい女性になります!」

「へっ?」

「マルス様はお優しいのに……どうして、みんな悪口を言うのですか……」

「リン……何か言われたのかい?」

「だ、大臣って人たちが……わたしにも、奴隷の分際で視界に入るなって……」


 そうだ……この頃は兄上も王位に就いたばかりで……。

 俺への風当たりもひどかった。


「そうか……でも、それなら話は別だね」

「へっ?」

「大事なリンが傷つけられて黙ってはいられないね。さて、どうし」

「いいんです!」

「リン?」

「マルス様はダラダラしてて良いんです! 私が強くなって、何でもできるようになって……マルス様には立派な従者がいるって言わせてみせますから!」

「いや、でも……」

「マルス様がたまに遠くを見ていること知ってます。ダラダラしてるのだって、何か理由があるのでしょう?」

「……わからないんだ」


 そうだ……この時の俺は、何故ダラダラしたいのか理由がわからなかった。

 そうだ……そんな俺に、リンが言ったんだ。


「それでもいいんです。いつかその日が来るまで……私が貴方をお守りします。それが、私がしたいことです」


 ……そっからのリンは凄かった。

 兄さんに稽古を申し込み、姉さんから教養を学び、兄上からは貴族間の教えを受け……。

 そうして、今のカッコいい凛とした女性になっていったんだ。








(……うん? つまりは、俺のためってことか……今更だけど。リンは俺に助けられたと思っているみたいだけど……今考えると、助けられたのは俺だったかもね)


「まあ、そんな感じ……シロ?」

「あぅぅ……グス……リンさんの気持ちわかります!」

「そ、そう?」

「僕も頑張ります! 師匠のために!」

「そっか……じゃあ、作ろっか」

「はいっ!」


 フライパンに油を入れ、漬けておいたロース肉を弱火で焼いていく。


「火が強いと肉は硬くなっちゃうからね」

「なるほど……強火はダメと……」


 シロは 一生懸命にメモをしている。


「千切りキャベツはできるよね?」

「はいっ!」

「じゃあ、お願いしようかね」


 俺が肉を焼いている間に、シロはキャベツを切っていく。

 汁物はすでに用意してあるので問題ない。


(ただなぁ……米が美味しくないんだよなぁ……)


 いや、そこまで不味いわけではない。

 現に、みんなは気にしていない。

 ただ、記憶を思い出した俺にとっては……これじゃない感が半端ない。







 準備ができたら、皿に盛り付け……完成だ。


「みなさーん! どんどん運んてください!」


 ワンプレートに肉とキャベツ、野菜のスープ、キュウリの漬物、米を乗せる。

 それを主婦の方々が、食堂へと運んでいく。





 最後に俺たちも移動して、食事となる。

 今日はテーブルについて、仲間内だけで食べる形式だ。


「では温かいうちにどうぞ! 生姜焼き定食です!」


 俺は我慢できずに肉に齧り付く!


「っ〜!?」


(旨っ! 柔らかっ! 生姜が効いてるけど、ハチミツのまろやかな甘さと相まって……やばい! 今すぐに欲しい!)


 すぐさま、米をかきこむ……が。


「違う! これじゃない!」

「ま、マルス?」

「ど、どうした? これ、めちゃくちゃうめぇが……」

「あっ——すみません。米がもっと美味しいと良いんですけど」

「確か……南にあるセレナーデ国は水源が豊富で美味しい米があるって話ね」

「なんですと!? 姉上! 本当ですか!?」

「え、ええ……ただ、物凄い高いわ。輸送代もかかるし、重たいものだから」


(そうか……下にある国は海に面しているし、海産物も豊富だって話だったっけ)


 これは、一度考えなくてはいけないね……!

 俺の領地で美味い米が作れるのは先の話になるし。

 それに、なるべく美味しい米をみんなにも食べさせたい。

 それが、どんなに俺が作る料理に合うかをわかって欲しい。


(ハンバーグ、卵かけご飯、とんかつ……それらが食べたい!)


 決めた……明日の調査で、卵をゲットしよう。


 そして、お金に関してはヒートの魔石を作ればいいはず。


 今ならまだ寒いから、それなりの値段で売れるはず。


 つまりは——魔物を駆逐してやる!


 俺は壁の向こう側を見たいわけじゃなくて……。


 美味しいお米で、肉が食べたいんだ!


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