勇者様に助けられて21回目のスタンビードから生還した話

どこかのサトウ

勇者様に助けられて21回目のスタンビードから生還した話

 そこは豪華な家具や調度品が置かれた無駄に輝く部屋であった。

「過労死一歩手前。危なかったですね。頑張る貴方を迎えにきました」

 女神は四つん這いになっていた男に手を差し伸べた。

 顔色が悪く、目の下に隈ができていた。寝不足のため平均値よりも心拍数が上昇しているようで、呼吸する回数も早い。

「私の名前はセリナ。優秀な戦士を引き抜き、我が世界へと導く者です」

「こ、困ります。納期の締め切りが、今日中に仕上げないと会社が」

「確かに会社は大変です。でもそれは貴方の責任でなくて会社の責任。——神隠し。いいえ、貴方が失踪しても何の問題もないわ」

「みんなに迷惑が——」

 セリナは感激した。

「本当に見事な社畜精神ね。日本の経営者は本当に優秀だわ。どうせ働くならこっちで働きなさい! 貴方は……」

 手にした通帳の残高を確認して放り捨てた。

「それ、俺の通帳では?」

「予算をつけてあげる。上手く使うのよ? さあ働け働け〜」


 女神の特典(加護じゃない)その界隈で有名なスキルを与えられた彼、杉崎銀次は王都の噴水広場に放り出された。

 いつの間にか冒険者御用達の初心者装備を身につけていた彼は、とにかく日銭を稼がねばと、この世界の職業斡旋場である冒険者ギルドの扉を叩いた。


 そして現在、彼は辺境都市サイリードにいた。セリアーヌ王国の東の国境沿いに位置し、自然豊かで長閑な所であった。

 少し遠出をすれば港町があり、新鮮な海の幸が味わえ、レジャーで釣りを楽しむこともできる。

 彼はここまでの道のりを思い起こした。


 冒険者ギルドで扱かれたあと、依頼を黙々とこなした。納期を守り堅実な仕事をしていると銀等級冒険者になっていた。

 毎日が真剣勝負で、命懸けであった。

 社会保障など一切なく、自分の身は自分で守らねばならない。

 そんな冒険者から容赦無くお金を巻き上げる連中がいた。

 国とギルド。そしてあの女神を崇める教会である。

 これがまたたちが悪く、10歳くらいのシスターが小さな手を銀次に差し出し、どうかお恵みくださいと部屋にやってくるのだ。

 エンジェルスマイル……プライスレス。

 彼は搾取された。


 だがそれでも冒険者は儲かった。

 他の冒険者は4時間ほど働き、必要最低限のノルマを終わらせると酒場へと繰り出す。そこで飲めや歌えやと大騒ぎをして一日を終えるのだ。

 いつ死ぬかわからない。ならば貯めずに使い切れ! 美味い飯を食い、酒を飲んで歌え! 金をばら撒きそして寝ろ! それが冒険者だ!!

 だが銀次は違う。

 この異世界の景勝地に足を運び、そこで旬を味わい舌鼓を打ち、その土地の者達と酒を飲み語り合う。そんな夢があった。だからまず初めにとサイリードの地へとやってきたのだが——


 サイリードの冒険者ギルドは人手が足りておらず、何度もスタンビードが起きていた。魔物の強さはそれほどでもないが、数が多いため厄介だった。

 銀次は本部に応援を要請するようにギルド側に詰め寄ったが、大丈夫の一点張りであった。

「王都から来た銀等級は心配症だなぁ。今までどうにかなったんだ。これからもどうにかなるさ」

 そう言って銀次の肩を叩いた。

 銀次が加わって3回目のスタンビードだった。


 スタンビードは銀次の心配を余所に呆気なく鎮圧された。何度か繰り返すとピタリと止んだ。

「なっ、ギンジ。ここは王都じゃない。俺たちだけで十分だよ」


 そして8回目のスタンビードで初めて死者が出た。

 骸骨が放った死ぬ間際の一撃が冒険者の喉元を切り裂いたのだ。

 回復が間に合わず、その冒険者は苦悶の表情のまま息を引き取った。

「運がなかったな」

 そんな一言でギルド長は話を済ませて奥に消えた。

 その日から流れが変わった。

 徐々に怪我人が増え綻びが生じると、徐々に前線を保てなくなっていった。


 13回目のスタンビードでは女性冒険者がダンジョンへと引きずり込まれた。

 女性冒険者たちが救助隊を結成しろとギルド側に詰め寄り、ようやくギルドは重い腰を上げた。

「先ほど本部に連絡した」

「それじゃ間に合わないよ!」

 正直、銀次は逃げ出したかった。もう自分たちの手には負えないと感じていたからだ。

「今すぐ騎士団にも救援を出そう」

 そんな銀次の一言に誰もが目を見張った。

「あれからどれだけ時間が経った。どれだけダンジョンの中にいる魔物を倒した?」

 冒険者の誰かが言った。

「おい、マジかよ」

「ダンジョンの中にモンスターが溢れている。数は力だ。このままだと街が危険だ」

「ば、ば、馬鹿者! そんなことをすれば、ワシが辺境伯様からお叱りを受けるではないか!」

 その一言に唖然とした冒険者たち。一気にギルド内の温度が下がった。

「そもそも、お前達がダンジョンの魔物を間引かないからこうなったのだぞ!」

「そりゃないぜ、ギルド長!」

 誰が悪いのかと罪の擦り合いが始まった。だが今はそれどころではない。

「——副ギルド長!」

「え、いや、ね〜、うん。そうだね。あ〜、まぁ、その〜、なんだ」

「王都の銀等級、どうすりゃいい!」

 銀次はすぐ辺境伯へ使いを出した。

「土魔法が得意な人は街とダンジョンの間に防壁を。そこを防衛線にして応援が来るまで耐えよう!」


 16回目のスタンビードでギルド本部から応援が駆けつけた。何とか持ち堪えた銀次たちは顔見知りへの挨拶をそこそこに、防衛の準備を進めていた。

「状況を把握するために、辺境伯の使いが来たぞ」

 身なりの良い男は銀次から説明を受けると暴言を撒き散らした。

「これはギルド側の失態。高く付くと覚悟しておけ!」

 不適に笑って去っていった。

「自分たちの街を守るための騎士団だろうに」

 部下があれでは上もお察しか。そんな文句を不安と一緒に飲み込んだ。


 騎士団は18回目のスタンビードでやってきて、自分たちだけで対処すると宣言した。

 銀次は最悪の事態が頭を過ぎり、ギルド職員に相談することにした。

「なぁ、銀より上の冒険者はいるんだろ?」

「はい。王都の大教会にいます。彼女たちなら簡単にこの問題を解決できるでしょうけど……」

「なら早く呼んでくれ!」

「ダメですよぉ。依頼料が高いんです。一人呼んだら銀等級百人分くらいの金額を要求されるんですよ?」

 ギルドに登録されている金等級冒険者は十二人。その全員が教会に籍を置いているという。

 人々は彼女たちを勇者と呼び、神のように崇め、神のように恐れている。

「街が魔物に飲み込まれたときの被害額と、どっちが安いんだ?」

「そ、それは……」


 騎士団に想像以上の被害が出た。本部の冒険者から逃亡者が現れ、辺境伯が逃げ出したという噂が広まった。あの二人もいなくなっていた。

 銀次は残ったギルド職員に決断を迫るとついに首を縦に振った。

 すぐさま街の教会へ駆け込むと、司教だけが残っていて銀次たちを待っていた。

「ようやく決断されましたか」

「司教様、金等級冒険者の要請に参りました」

「良いでしょう。ただし……」

 指を三本立てた。

 足元を見られたギルド側はその条件を飲んだ。

 

 21回目のスタンビードで防衛線を突破され、敗走することになった。

 サイリードの冒険者は農家の次男、三男が多くまだ若い連中が多かった。

 そのため年上である銀次が殿を務めることになった。

「——先に行けっ!」

「ギンジさん!」

「俺に構うな! 守備を固めろ! 勇者が来るまでの辛抱だ! 行け!」

 銀次に追いついたスケルトンが、銀次に纏わりついてくる。もみ合ったあと、その束縛から逃れて首を跳ねた。

 彼も下がろうとしたとき、二頭のダークウルフが銀次の足に噛み付いた。叫びながら剣を二頭に突き刺し、その息の根を止め牙を抜いた。

「やってくれる。ここで足を持っていかれるなんて……」

 ポーションを振り掛けると、少し痛みがマシになった。だがもう逃げられそうにない。

 壁のように迫ってくる魔物の群れ。映画のような光景だった。死の足音が迫ってきた。

 覚悟を決めた銀次は右手に持った剣を肩に担いで吠えた。

「——かかって、こいやぁぁああ!!」

 そして群れの中に飛び込んでいった。


 魔物は銀次を囲い嘲笑いながら痛ぶった。ギラギラと輝いていたその黒い瞳から徐々に精気が失われていく。人間の燃えるような灯火が今消えようとしている。これほど、これほど愉快なことはないと音を立てた。

 男が剣を腹に受け倒れた。よく奮闘したものだ。魔物たちが両手を上げて喜んでいた時だった——

 白銀の鎧を身に纏った女性が、マントを靡かせながら舞い降りると、左手に持った細剣の鯉口を切り鞘に収めた。

 凛と澄んだ音が響くと、周囲にいた魔物たちは波紋が広がるように灰と化し、消えていく。

 心地良い音に銀次は目を開くと、そこには綺麗な女性が立っていた。

 彼女は倒れた銀次に寄り添うと、その頭を膝に乗せて髪を撫でた。

「よく、頑張りましたね」

 優しい声が心地よく耳を擽った。

 銀次は目を閉じた。これで死ねると——

「こんな美人の、膝枕で死ね、るなんて……」

 彼女は面白いくらいに反応していたので、銀次は苦しみながら笑った。

「私が怖くないのですか?」

「優しい人……傍、いたら……幸せ…た」

 銀次の傍に、また勇者が降り立った。錫杖持ちとマント無しの二人だった。

「勝手に死なれては困りますよ」

「そうですよ。死ぬなら責任を果たしてから死んでください」

 奇跡のような魔法で銀次の傷を癒したのだった。 


 ——知らない天井だ。だが生還したようだ。

 ベッドの隣に置かれていた椅子の上に請求書が置かれていた。

「……治療代? 俺の5年分の稼ぎくらいあるんですけど?」

 日本円で計算したら約1千万。当然、高度高額医療制度なるものはこの世界に存在しない。

「派遣料、——高っ!? ってか何故俺のところにくる!」

 これは冒険者ギルドや辺境伯に請求されるべきモノだろう。

 扉がノックされ、入ってきたのは10歳くらいのシスターだった。

 銀次に小さな両手を差し出してきた。

「ギンジ様、督促に参りました」

「難しい言葉知ってるねぇ、君」

 エンジェルスマイル……プライスレス。

 彼は投げ返してやった。


〜 終わり 〜

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勇者様に助けられて21回目のスタンビードから生還した話 どこかのサトウ @sahiri

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