第29話 餌付けなのかなんなのか

 あれから届けられたお菓子を誘惑に負けて夕食を食べるヨルンさんの横でパクパク食べて、夜になってヘビの姿になり一緒になって休む事になった。のだが――

 びっみょーにヨルンさんが離れてる気がするんだよなぁ……

 拳一つ分、開いた隙間を見て思う。

 これはあれだろうか。私が前世人間で女だった事が判明したからだろうか。

 眠れているようなのでいいのかなと思うが、ちょっと寂しい気もしないでもない。そう思うのは精神が身体に引きずられてるんだろうなぁと思いつつ私もくるりと身体を丸めて目を閉じ、そのまま眠った。


 しかし朝になってみるとべったりとヨルンさんにひっついていた。

 暖かいものに包まれているなと思いながら目を開けたら目の前に肌色があったからね、驚きました。ちなみにヨルンさんは素っ裸で寝ていたわけではない。襟元が開いた薄手のシャツで寝ていただけだ。

 で、これは私がいってしまったのかそれとも引き寄せられたのか。果たしてどちらなのであろう?

 まぁどっちにしてもヘビなので気にしないでいただけるとありがたい。

 などと考えながら、目を開けたヨルンさんがぼんやりした顔のまま胸元にいた私に頬ずりしてくるのを無の境地でアニマルセラピーに徹する。

 まつ毛長いなぁとか相変わらずひげが生えないんだなぁとか意識を逸らしていると、ヨルンさんが覚醒したのかピタリと固まって軋むように視線をこちらに向けてきた。なので、ぺこりと頭を下げておく。まだちょっと念で伝えるというのが出来ないのでおはようございますの代わりだ。


「すみません……」


 囁くように謝罪され、いえいえと首を横に振って解放された身体を浮かせポンと人型になる。


「おはようございます」


 ベッドに正座し再度ぺこりと頭を下げると、ヨルンさんもつられるようにおはようございますと頭を下げてくれた。


「今日はもう砦に戻るんですか?」

「え? あ、はい。そうですね。事後処理も私では出来ませんし」

「隊長さんも?」

「ダルトもそうですね」


 そうか。やっと戻れるのかと思うが、同時にあのナイスミドルはちょっと寂しいんだろうなとも思ってしまう。

 少々しんみりしつつベッドからごそごそ降りていると、廊下の方が騒がしい。何やら「お待ちください」だの「立ち入りを禁止されております」だの言ってる声が近づいてくる。

 ヨルンさんも気づいたのかベッドからすぐに降りるとガウンのようなものを羽織って私に腕をさし出した。

 合点承知!と私はすぐにヘビになってヨルンさんの腕にまきつき、ヨルンさんはさっとガウンの袖で私を隠した。


「ヨルン! 聞いたぞ! 精霊の加護とはどういう事だ!」


 バーンと派手な音を立てて前置きなくドアを開けて入ってきたのは男性。

 息を潜めているのでどんな人物かはわからないが、ヨルンさんが膝を折ったので身分が上の相手なんだろうというのはわかった。


「殿下。このような姿で失礼いたします」

「そんな事より精霊は?! 父上が見たという精霊はどこにいるのだ!?」


 声の感じからして、ヨルンさんとそう歳の変わらない相手のような気がする。その割に落ち着いていないというか、忙しなさを感じるが。

 っていうか、殿下って言って父上っていったらもうあれだ。ナイスミドルの子供だろう。


「殿下、精霊とは常にその姿を人の前に見せるものではございません」


 しれっと嘘をつくヨルンさんに、殿下さんはイライラしたように足先でタフタフと絨毯を叩いている。気が短いのかな。


「嘘を言うな、お前に張り付いていると聞いたぞ!」


 そう言っていきなり膝をついているヨルンさんの前にしゃがむと袖を捲り上げた。

 だが残念。するりと背中側に回って退避済みです。

 ナイスミドルは結構好きだが、この殿下さんは嫌だな。高圧的な態度がどうのこうのじゃなくて、自分のやっている事がどういう事なのか自覚していない感じが嫌だ。

 いや、私も結構自覚していない事が多いのでブーメランではあるのだが……


「何故お前に精霊の加護がつくんだ!」

「何故と言われましても、私にも理由は」

「その馬鹿みたいな魔力で捕まえたのではないだろうな?!」


 あらぬ疑いをかけてくる乱入者に、ちょっとカチンとくるがぐっと我慢する。ここで姿を見せてもいい事はないだろう。


「私程度の魔力で留められるような精霊などいませんよ」


 ヨルンさんは落ち着いた口調で諭すように言うが、相手のボルテージは上がっているのかヨルンさんの服、襟首あたりだろうか? そこを引っ張って無理やり立たせたようだ。


「だったらどうやって!」

「殿下、人の意のままになる精霊などどこにもおりません。気まぐれなのです」


 確かに状況が状況でなかったらヨルンさんと契約を結ぶだとか名前を交わすだとかという話にはなっていなかったと思う。普通に母様と二人っきりで過ごしていただろう。


「んぬぁー! 何故だ! 私の方がこれほど想っているというのに!」


 殿下さんがいきなり奇声を上げた。

 いいのだろうか? 殿下という立場でこんな奇声を上げて。


「そこまでです殿下」


 興奮している乱入者とは違う落ち着いた声が聞こえた。この声はあれだ。隊長さんと一緒にいたおじさんだ。


「アミット?!」

「陛下の命令を無視して無理やり会おうとするとは……その足らない頭でどういう事態を招くのかよく考えてみてください」


 と、言いながらだと思うが重たいものをずりずりと引きずる音がする。あと、ドタドタと抵抗しているような音と声も。「離せー!」とか、「このくそじじー!」とか、「俺の方が精霊への愛は強いのに!」とか。


「ヨルン殿。失礼した」

「いえ」


 言葉少なくヨルンさんが答えると、パタリとドアが閉まる音がした。

 静かになったところでそろりとガウンの中から顔を覗かせると、ヨルンさんに頭を撫でられた。


「もう大丈夫ですよ。あれはアミット殿が捕獲してくれましたから」


 捕獲。

 推定王族をアレ呼ばわりした上に捕獲。

 なんかどういう扱いを受けていらっしゃるのか想像出来てしまう。

 ポンと人の姿になって微妙な顔でヨルンさんを見上げれば困ったような顔で微笑まれた。


「第二王子なのですが……ちょっと精霊が好きな人で、城を抜け出そうとしたり怪しげなマーケットに顔を出そうとしたりするんです。顔に出るので成功した試しはありませんけどね」

「……ちなみに第一王子は」

「そちらは常識人です」

「なによりです」


 上がアカン奴だったら下が大変な事になってしまう。心よりお喜び申し上げるという気持ちで言えば、笑われた。


「頭はそこまで悪くないんですけどね。全ての情熱を精霊に向けてしまって他がなおざりになってしまって……国王一家の頭痛の種と言われています」

「結構いい歳ですよね?」


 現代日本からするとまだ若い範疇だが、身分がある人ならば仕事とか結婚とかいろいろありそうな気がする。


「一応結婚もしていますし、役職について仕事もしています」

「でもなおざり?」

「残念ながら」


 わざとらしく肩を竦めるヨルンさんに、おかしくなって笑ってしまった。


「周りの方がフォローできる範疇ならいいですね」

「主に妃殿下がフォローされていますが、そのうち愛想つかされるのではないかと噂されています」

「うわぁ」

「妃殿下はそれも含めて嫁いでくださっているので大丈夫でしょうけれど」

「うわぁ……」


 そりゃあなた甘ちゃんにもなりますわ。とさらに微妙な顔になってしまった。

 何とも言えない思いでドアを見ていると、そんな事よりも朝食を取ったら早々に戻りましょうとヨルンさんは手早く着替えだした。

 私は特に準備する事もないのですいすいーっとヘビになって空中遊泳をしながら室内の調度品を眺めて回る。殺風景な砦の様子と違ってやっぱり物珍しいのだ。ビロードのような質感のカーテンだったり組紐のようなキラキラしたカーテン止めとか、壁に掛けられた絵画の額縁の装飾だったり、磨いて艶の出た木材で作られた飴色の家具だったり。いくらぐらいするんだろうなぁと思いながら触れないように注意して見ていると、昨日のお兄さんが食事を持ってきてくれた。

 てっきりメイドさんがいるのかと思っていたが、どうやら先ほどの殿下さん対策らしく出立するまでついてくれるようだ。

 そうして丸いテーブルの上に並べられる食事に、あれ?と思った。

 二人分用意されているのだ。

 お兄さんもここで食べるのか、それとも隊長さんもこちらに来て食べるのかなと思っていたらヨルンさんに手招きされた。


「これは食べられますか?」


 質問されたのでポンと人型になって地面に着地。ヨルンさんを見上げて首を傾げる。


「一応食べれると思いますけど」

「では一緒にいただきましょう」

「え? あ…っと、言ってなかったんですが、私食べなくても大丈夫なんです。その……お菓子は前世でよく食べてたからついつい食べたくなっちゃっただけで……本当は食べなくても呼吸してるだけで大丈夫なんです」


 趣向だけでお菓子食べてましたと言うのは恥ずかしかったが、あまり迷惑をかけたくもないので正直に言えばヨルンさんは苦笑していた。


「精霊だと聞いた時からわかっていましたよ」

「え……」

「精霊は食物を口にせずとも生きられると言われていますから。

 でも食べられないわけではないのでしょう?」

「えー……はい」

「昨日のお菓子はどうでした?」

「お、おいしゅうございました」


 何となく恥ずかしくなって俯いて頷けばひょいっと身体が持ち上げられた。


「じゃあこれもおいしいかもしれません。だから一緒に食べましょう?」


 至近距離で笑顔で言われて目が潰れるかと思った。くー美人の笑顔は威力がすごい。


「よ、よろこんで」


 と、それ以外に何が言えただろうか。

 丸テーブルの斜め向かいの椅子にクッションで座高を合わせてもらい、並べられた人の食事にちょっとじーんとする。実は昨日のヨルンさんの夕食を見ていてちょっと興味があったのだ。こういうところのって美味しいのかなーと。まさか食べさせてもらえるとは思ってなかったから嬉しい。

 じっとヨルンさんがこちらを見ていたので、いただきますと内心で呟き手を合わせてからフォークを手に取る。ナイフも準備されているがこの小さな身体で両方使うのは無理だ。

 どれから食べようかなと思いながら、少し固めのスクランブルエッグっぽいもの選んで口に運ぶ。

 その瞬間、濃厚な玉子の味と塩味にパアッと視界が開けたような錯覚を覚えた。

 あれだ。今までさんざんお菓子食いまくってきたから、塩味がことさら衝撃的に美味しく感じたのだ。

 であればこのハムとかやばいんじゃないか!?

 ハッとしていそいそと細切れにしてあるハムにフォークを突き刺して口に運ぶと、思った通りパコーンと球がカッ飛ぶような美味しさが広がって思わず涙。

 あぁでも野菜も挟まねばと付け合わせらしき葉物野菜を選んで食べれば、シャキシャキとしたレタスに似た食感のセロリみたいな味が広がり、うーんとなる。個人的にセロリは嫌いではないので平気だが子供だと嫌がりそうだ。ワンプレートにされているので残さずいただくが、大人も子供も同じなのかなとちらっとヨルンさんの皿を見たら同じ仕様で、そして何故か一つも減っていなかった。

 あれ?と思って顔を上げると、じっとこちらを見ている目とぶつかる。まさかずっと見られていたので?


「ラジェクは嫌いですか?」

「らじぇく?」


 これですとヨルンさんがフォークで刺したのはあのセロリ味の野菜だった。


「他のものはおいしそうでしたが」

「あ、はい。おいしいです。それも嫌いじゃないですよ。ただ子供だと苦手に思う子がいるだろうなと思いましたけど。それより食べないんですか?」


 ヨルンさんは少し考えるような素振りを見せたかと思うと、視線をお兄さんに向けた。


「レナード殿、申し訳ないが外してもらってもいいだろうか」

「……承知いたしました」


 何故かお兄さんは笑いを堪えるような顔をして、頭を下げてから部屋を出た。


「ヨルンさん?」


 何故お兄さんを遠ざけたのだろうかと思ってみれば、ヨルンさんはやおら立ち上がり私の横に椅子を持ってきて自分の食事も全部近くに寄せてきた。なんだ?


「……あの、ですね」


 横に座ったヨルンさんは妙に真剣な顔で見降ろしてきた。

 思わずこちらも緊張して背を伸ばし一旦フォークから手を離す。


「な、なんでしょう」


 訊き返すと、ヨルンさんは咳ばらいをしてしばし無言になり、また咳ばらいをして意を決したように口を開いた。


「食べさせてもいいですか?」


 ………?


「あ、いえ、貴女が大人の精神を持っているという事は重々承知していますが……その、なんというか……北の主と白峰の主の話からして、私とは親子のような関係になると思うのです。それで……昨日、白峰の主と食べさせあっていたので、そういう風習というか、習慣があるの…かと……」


 そんなもの無いですが。

 いや……まさか、餌付けがしたい。と、そう言う事?

 ナイスミドルが言っていたけど、生き物全般に恐れられていたという事はそういう餌付け的な事は出来なかっただろうと思う。

 前世で兎に葉っぱをざりざり食べさせた時とか、子犬にドッグフードを手から食べさせた時とか、確かに面白いというか可愛かった。そういうアニマル的な触れあいがしたいという御所望なのであろうか??

 や、やぶさかではないが、私今幼女姿なのだがいいのだろうか? ヘビに戻るべき? あ、そういえばベビの時にさんざん餌付けされてたな。じゃあやっぱり戻るべきか。


「あ、嫌であれば」

「嫌じゃないですよ!」


 悩んでいたら顔を暗くして引こうとされたので、そんなご尊顔を曇らせるような事はあってはならぬ!と、慌てて遮りあーんと大口を開けたらおそるおそるハムを口に入れられた。

 うん。状況はよく分からないが、ハムはうまい!


「おいしいです!」


 それは間違いないので力強く言えば、ほっとしたようにヨルンさんは笑ってくれた。


「というか、ヨルンさんこそ食べないと駄目ですよ」

「あぁ……そうですね。………じゃあ、キヨが食べさせてくれますか?」


 なるほどなるほど。やっぱり触れ合いに羨望的なものがあったんだろうなと納得して私はパンを掴んだ。


「な――」


 口が開いたところでちぎったパンを入れたら、何か遮ってしまったようだ。しまった。ちゃんと見てなかった。


「すみません、大丈夫ですか?」


 ヨルンさんはもごもごと口を動かしながら、何故か目元を隠してしまった。


「え、あ、すみません! 痛かったです!? ごめんなさい!」


 勢いよく突っ込み過ぎたかと焦って言えば手を振られた。違う?じゃあなんだ?

 ヨルンさんはパンを飲み込むと、目元を隠していた手を降ろしてやけに真剣な目で口を開いた。


「もう一度お願いします」


 え。あ、はい。


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