第26話 現状確認してみたところ
移動する間、私は重いから降りると言ったのだが問題ないとヨルンさんは言って結局抱っこしてくれていた。
その横には物凄く羨ましそうな顔をしている
塔の下は上から降って来たっぽい瓦礫があっちこっちの地面を抉って転がっていた。ついでにあれがガーディアンの成れの果てなのだろうと思われる鈍色の人形のようなものがいたるところに転がっているし、捕縛中なのか紫マントの人がギャーギャー言いながら群青色の服の人に金色の紐で縛られていた。なかなか騒がしい。
塔はナイスミドルが居たお城?とは大きな庭園で隔てられた場所にあったようで、そこから少し離れた別の離宮というところに連れてこられた。
途中で数名あの細目の進行役みたいな線の細い感じの人が近づいてきていたが、ナイスミドルは若いお兄さんとおじさん、隊長さんとそれからヨルンさんを除いた全員に下がるように言って自分でドアを開けて整えられた部屋へと招き入れてくれた。なんか王様っぽくない人だ。
深い海の底のような青を基調とした色で纏められた部屋には、調度品の他に丸いテーブルが一つ置かれており、そこにはナイスミドルが言った通りいろいろなお菓子が並んでいた。
思わず目を輝かせてしまったのは、見逃してください。精霊になったせいかそれとも精神年齢が身体に引っ張られているせいかどうも欲望に忠実で……
ナイスミドルは笑ってどうぞと言ってくれたので、みんなが座ってから手前のバタークッキーっぽいものを手に取って口に入れた。
さくっとして口の中でほろっと溶けながら広がるバターの香りに、思わずにやけてしまう。めっちゃうまい。砦のおっちゃんのクッキーも絶品だが、なかなかこれも。
「ほら、これもどうだ?」
「いや、こちらはどうだ」
左右から母様とアルクティさんが別々の菓子を出してきた。
席次は、私がヨルンさんの膝の上(静かに母様とアルクティさんがにらみ合ったのでヨルンさんに逃げた)で、右隣に母様、左隣にアルクティさん。ヨルンさんの向かいがナイスミドルだ。ナイスミドルの斜め後ろに微妙な顔の隊長さんと固い顔したおじさんが控える形で立ち、給仕をあの若いお兄さんがしてくれている。
「そんなにいっぺんに食べられないし、ゆっくり食べたいです」
そもそも話をするために来たんじゃないの?と思いつつ、口の中のクッキーを飲み込んで言ったら、差し出した菓子をそろそろと引き下げる母様とアルクティさん。
…若干罪悪感が。でもこの二人の言うまま食べてたら口に突っ込まれそうな気もするしなぁ……
「ではこちらにどうぞ。手元にある方が食べやすいでしょうから」
そう言って給仕をしてくれている若いお兄さんが母様とアルクティさんの菓子を皿に受け取り私の前に置いてくれた。
「気が利くではないか人間」
「ふふふ。良かったなキヨ。たくさん食べれるぞ」
若いお兄さんはアルクティさんと母様に黙って頭を下げ、お茶を配ってくれた。
「人間よ。聞きたい事があるのだろう? わざわざ呼び止めたのだ」
「配慮いただき恐れ入ります」
「前置きはよい」
相変わらず尊大に言い放つアルクティさんに、ナイスミドルは頭を下げた。
ここまで来ると確定だろう。どうやらこの世界の精霊は王様よりも偉いらしい。
「ではお言葉に甘えて。
そちらにおられるお嬢さんは、白峰の主殿のお子とお見受けいたしましたが…合っておりますでしょうか?」
「もちろん、正真正銘我が子であるぞ。可愛いであろう?」
相好を崩してでれっと言う母様はそれでも美人なのがなんだかなぁ……
「はい。大変可愛らしく」
「そうであろうそうであろう」
母様、それ社交辞令だから。
今現在、私は真っ白な浴衣のようなものを着ている。肩に掛かる髪も母様同様真っ白なので、似たような容姿なのだろうと思うが残念ながらつるぺたボディである。つんつるてんの子供は余程の酷い姿でなければ大抵の人は可愛いねと言ってくれるのだ。
反対側でアルクティさんがため息をついた。
「天の。お前は少し黙っていろ」
「なぜだ?」
「話が進まん」
「ちゃんと話しているぞ?」
「内容が無い」
「言葉は合っていると思うが……」
アルクティさんが眉間に皺を寄せた。
なんかうちの母がすみません。
「母様、お菓子美味しいから食べてみて?」
「おおそうかそうか。では母も食べるとしよう」
という事でどうぞ話してくださいとアルクティさんを見れば、何故か憐れむような顔をされてしまった。
だがすぐに無の顔に戻ってナイスミドルに視線を戻した。
「キヨが天の子であるのが何か?」
「いえ、うちの魔導士と契約をしておりましたので、問題はないのかと心配になりまして」
「契約などというものであれば切ってやるところだ。状況はそれよりも悪い……が、今更どうしようもない」
「というと? お話いただけるのならお願いしたいのですが」
アルクティさんはこちらを見て、またため息をついて視線を戻した。
「精霊は名を持って生まれる。それはその精霊の本質を形作る重要なものだ。
普通はその名を親と交わす事で親が子の本体を実体から精神世界に導く。そして精神世界に本体が馴染んだところでこの世界での名を新たにつけ、精神世界へと定着させる。そうやって初めて精霊として独立する事が出来る」
ははぁ……精神世界だとか実体だとかファンタジーな生体だ。そんな事になっているのかこの世界の精霊って……
ところで私は姿を変える事が出来なくて母様に自分の名前を伝える事が出来なかった。それにヨルンさんに名前をつけてもらったし、自分の名前を伝えてしまっている。この場合、どうなるのだろう?
そっと振り返って見上げると、ガッチガチに固まったヨルンさんがいた。
あー……なるほど。まずいのね。いまいち何がどうまずいのか理解出来ないのだが、ヨルンさんが動揺しているのはよくわかった。
「それが出来ないとどうなるのでしょうか」
「……こいつは精霊としての性質が半分しかない。定着には時間が掛かるうえ、その途中でこいつが死ねばキヨも存在が危うくなる」
「半分……もしや」
ナイスミドルが何事か呟くが、よく聞き取れなかった。っていうか、ヨルンさんって半分精霊なの?
「何を考えているのか知らないが、こいつは過去に風のと混じった人間の末だろう」
「これの前の前の前の前ぐらいじゃないか? たぶん」
ひっきりなしに私がお菓子を勧めていた母様が隙間を縫ってしゃべった。
一瞬アルクティさんは母様に面倒そうな視線を向けたが、母様の言う事が合っているのか相槌を打つように頷いた。
「私は気づかなかったが、天のは風の属性が一部入っているからな。だからすぐに半精霊だと気づいたのだろう。キヨがこいつに惹かれたのもそれが原因であろうし。
私はてっきりお前に風が入っているから風のが消えたのかと思っていたが……」
「ここにいたわけだな。どうりでどこにもいないはずだ」
うんうんと母様も頷いている。
風の、というと風の精霊という事だろう。
ヨルンさんの曾々お爺さんか曾々お婆さんかわからないが、その人が精霊とくっついて、その子孫であるヨルンさんにそのまま精霊の要素が受け継がれていると。
そして理屈はわからないが、風の精霊はヨルンさんに要素が受け継がれているから現在存在していないと。なんか質量保存の法則みたいだな精霊って。しかしそうすると、私と母様の存在ってどうなのだろう? ダブルで存在している事になるのでは? 可能性としては次世代への引継ぎ期間が存在するとか、そんな感じかな?
「風のも大分変わり者だったが、何を考えてそんな事をしたのやら」
「あれは何も考えていなかったのではないか? 楽しければなんでもよいという風であったし、なかなか面白い考えを持っていたぞ? 氷のも少しはそういうところを持てば面白味がでると思うのだが――」
「母様、こっちの可愛いですよ。母様にぴったりです」
「おおそうか? そなたにもぴったりだ。ほれ一緒に食べよう」
私はとりあえず脇道に逸れそうになる母様の口に、別に可愛くも無い四角いバターサンドを突っ込んで黙らせた。反対に私もバターサンドを突っ込まれたが。
母様。もうちょい優しく口に入れて欲しい。突っ込んだ私が言える事じゃないが。
ふたりでもっちゃもっちゃ咀嚼しているのが、無言の間を埋める。
「質問、よろしいでしょうか」
控え目にヨルンさんが言った。
「なんだ」
「その定着というのには、どの程度かかるのでしょうか」
「普通なら十年程度ですぐに終わる。だがお前の場合はどうなるかわからない。見たところ、お前の定着も中途半端でほぼ人間と変わらない。そんな状態ではキヨを導く事など出来ないだろう。今は私と天ので引っ張っているが本来のやり方ではない……二十年かかるのか、五十年かかるのか」
「五十……」
「もう一つ言うと、親と名を交わすのは親の力で子を守る意味もある。本体が実体にあるせいで実体が傷つけば死んでしまうからな。だが、それも見込めないどころか貴様は逆に守られているような有様だ。意味がわかるか?」
ヨルンさんの顔色がどんどん悪くなっていく。もはや真っ青を通り越して土気色なんだが……
私は自分の口を行儀悪くお茶のカップを咥えて防御しつつ、母様の口にバームクーヘンみたいなお菓子を突っ込んだ。
「ヨルンさんが気に病む事はないです。私が勝手に教えてしまったので、悪いなら私です」
「ですが――」
「それを言うなら大本はそこの馬鹿だ。何故生まれた時に教えていないのだ」
「たぶん私が話せなかったからだと思いますが」
「話せずとも、理解出来ている事はわかったはずだ。それを怠った責任は天のにある」
「じゃあヨルンさんは被害者って事でいいですね。巻き込まれたわけですから」
バームクーヘンを驚愕の速さで飲み込んだ母様にすかさず大きめのパウンドケーキを突っ込む。ちょっと口からはみ出しているが大丈夫だろう。
「キヨはそれでいいのか?」
「良いも悪いもないですよ。もうそうなってしまっているんですから。私個人としては変な人に教えなくて良かったと思っています」
アルクティさんは私に手を伸ばして、ぽすりと頭の上に手を乗せた。
「なんとかそなたを導いてやるつもりだ。細い繋がりではあるが……気に掛けるつもりであるし、無為に散らすつもりは無い」
無表情の下にある心配する気配に、私は自然と笑顔になった。
「ありがとうございます」
「そなたが天のところで安心できないというのなら、そいつ共々我のところに招こう」
「あ、いえ。大丈夫です。母様はあれですけど、悪気はないので。私が気をつけます。っていうか、ヨルンさんも?」
「仕方があるまい。そなたは世界に定着するまでそいつから離れられないのだから」
…………。そいつぁやばいな……。すげー迷惑じゃないか。
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