Q15 彼らと話したらどうする?


 「くくくっ、普段あんだけ子ども扱いすんなとか言ってるくせして、くくっ10歳もサバ読んでたとか……かはっ、はははっ!」

 「うぅ……だってぇ、だってぇ」


 啓吾は萌香ちゃんをからかいながらケタケタと意地の悪い笑みを浮かべており、萌香ちゃんは涙目になってもじもじと身体を揺らしている。

 彼女が俺に年齢を偽っていたことがよっぽど面白かったらしい啓吾の態度が軟化したことにより、俺は改めて萌香ちゃんをここまで送り届けた功労者として歓迎されていた。現在は居間へと通されて、俺を含めた五人でソファや椅子などにそれぞれ腰掛けている。俺、萌香ちゃん、一樹がテーブル付近の椅子に腰かけ、啓吾と細身の男がソファに座っている状態だ。

 

 「あーったく、笑いが止まんねぇぜ」


 ソファで偉そうにふんぞり返っている啓吾は、相変わらず楽しそうに笑っている。


 「だって、最初は隆二さん怖い人かもしれないって思って、それで、子供だと思われてるから優しくしてくれてるのかなとか色々考えちゃって、それで……」


 俺の隣に座っている萌香ちゃんは、時折気まずそうにこちらをチラチラと見ながら言い訳の様に口を開く。


 「ごめんなさい隆二さん、騙そうと思っていたわけじゃ……」

 「いや、それは別に構わないというか、そんなことより未だに信じられないと言うか」


 二十四歳。

 それが彼女の本当の年齢だという。つまり、俺より四つも年上だということだ。この、俺のみぞうちくらいまでの背丈しかなく、普段はランドセルを背負っているとしか思えないような幼い顔立ちをした彼女がだ。


 「萌香ちゃん、あ、萌香さん?本当に二十四歳なのk、なんですか?」

 「や、やめてください隆二さんっ、今まで通りの口調で大丈夫ですから!」


 ぎこちない俺達の会話を聞いていた啓吾が再びケタケタと笑いだす。


 「うぅ……」


 萌香ちゃんは再び涙目で縮こまってしまった。何か、彼女との距離感が分からなくなってしまったぞ。


 「そろそろよろしいでしょうか?」


 やりとりを静観していた一樹が口を開く。


 「隆二さん、まずは改めて萌香さんをここまで送り届けて下さったことに感謝します」


 一樹が頭を深く下げると、萌香ちゃんも慌ててそれに続く。ソファに座る細身の男も軽く頭を下げたが、啓吾の方はハッと鼻を鳴らしただけだ。


 「まあ、俺としても萌香ちゃ、萌香さ……萌香ちゃんを無事に連れてこれてホッとしてるよ」

 「そう仰っていただきありがたいです。今更にはなりますが、お互いのことを知る意味も込めてこちらから自己紹介をさせて頂いても?」


 俺が軽く頷くと、一樹はそのまま言葉を続けた。


 「ではまずは私から。改めまして、岸蔭一樹きしかげいつきと申します。年は二十三歳で、こうなる以前は社会人の一年目をしていました。ここにいる三人とは、昔同じマンションに住んでいた関係で子供の頃からの親友なんです」


 一樹は前のイメージと変わらず、正統派イケメンという感じだ。

 どことなくカリスマ性に溢れていて、彼の言葉は何故かしっかりと聞かなければという気持ちになってしまう。萌香ちゃんもこいつのおかげでここまで生きてこれと言っていたし、彼がこのメンバーを纏める優秀なリーダーなのだろう。


 「次は、萌香さんも一応改めてお願いできますか?」

 「あ、う、うんっ」


 一樹に促された萌香ちゃんがこちらに向き直る。


 「え、えっと、鷺澤萌香さぎさわもかです。今回のことは本当にありがとうございました。年齢は、その……二十四歳です……」

 「俺らの中で最年長だよなぁ?」


 啓吾の揶揄からかうような声をうけて、萌香ちゃんはうぅとうなって俯いてしまった。そんな様子を見ていた一樹が苦笑いで口を開く。


 「萌香さんの年齢を聞いて驚かれるのは仕方のないことです。みなさんそうですからね。ですが、彼女はこれでもれっきとした大人だということを忘れないであげてください。実は彼女、教師として働いていたんですよ」

 「きょ、教師ぃ?」


 驚いてすっとんきょうな声が出てしまった。


 「本当なのか?」

 「は、はい。女子高に勤めてたんです」


 萌香ちゃんはおずおずと答える。

 なんとも意外な経歴だ。


 「そうだったのか……」

 「でも、生徒達には呼び捨てにされたり、頭を撫でられたりで全然教師として扱ってもらえなかったんですけどね……」


 あぁ、その光景は何となく想像がつくな。生徒達に子ども扱いされる萌香ちゃんの様子が目に浮かぶようだ。


 「それじゃあ、次は詩音だな」


 一樹が促すと、ソファに腰掛ける細身の男が口を開く。


 「鷺澤詩音さぎさわしおん。姉を助けてもらい、感謝します」

 「鷺澤、ね。やっぱり姉弟きょうだいだったのか」


 先程“姉ちゃん”と呼んでいたことからまさかとは思っていたが、なるほど確かに言われてみれば顔立ちは似ている様に思われる。

 詩音はコクリと頷くと、それ以上は喋ろうとする様子がない。


 「ごめんなさい、しーちゃんはあまり喋るのが得意じゃないんです」


 萌香ちゃんがフォローする。どうやら彼は物静かな性格の様だ。その内面と線の細い身体つきも相まって、詩音からはどこか儚げな雰囲気が感じられる。


 「最後は啓吾だな」


 一樹に言われて、啓吾は渋々と言った様子でこちらに顔を向けた。


 「……吉田啓悟よしだけいごだ。言っとくが、俺はまだてめぇのことを許したわけじゃねぇぞ?そもそもてめぇが俺らのアジトに入り込んで来なけりゃ、家も食料も失わずに済んだし、萌香ちゃんだって危険な目に逢うことはなかったんだからなぁ」

 「啓悟、お前はまだそうやって」

 「事実だろぉ!?」


 一樹と啓吾は言い争いを始めてしまった。

 まあ確かに、啓吾の言うことも一理あるだろう。ここは素直に下手に出ておくことにするか。


 「まあ聞いてくれ。確かに、俺が余計なことをしなければアンタらが拠点の一つを失うことはなかったってのは事実だろう。その点は改めて謝罪させてもらう。そのお詫びって訳でもないが、ここに来る道中萌香ちゃんと協力して食料を集めてきたんだ。これは全部そっちで分けてもらって構わない」

 「そんなの駄目ですよ!隆二さんがあんなに頑張ってくれたおかげでこの食料もここまで持って帰ってこれたのにっ。それを隆二さんが一切受け取らないなんて」


 俺の提案に対して真っ先に萌香ちゃんが待ったをかけた。まあ彼女からすれば、俺から全ての食べ物を受け取ってしまうのは忍びないのだろう。


 「萌香ちゃん、気にしなくて大丈夫。自分の部屋に戻れば、まだ結構な食料を備蓄してあるから」

 「でも……」


 萌香ちゃんはやはり納得がいかないようだ。そこで一樹が口を開く。


 「隆二さん、正直に言えば、隆二さんの申し出は非常にありがたいです。こちらからは碌に何かをお返しすることも難しいですが、それでも本当に良いのすか?」


 どこか真剣な眼差しで問いかけてくる一樹。


 「ああ。今後も良い関係であり続けられるなら、それでいい」


 そんな彼に対して、俺もまた真っすぐな視線で言葉を返す。


 「……分かりました。それでは、これはありがたくいただくことにします。ですがせめて、今晩は一緒に夕ご飯としてこれを食べませんか?僕たちの親睦を深める意味も込めて」

 「それとってもいいと思う!ねっ、隆二さん、そうしましょう?」


 一樹の提案に萌香ちゃんが賛成する。まあここで断る理由もないか。


 「分かった。それじゃあ、今日は晩飯に邪魔させてもらうことにしよう」


 そんなわけで、俺達五人は共にテーブルを囲むことになった。ガスコンロで茹でたお湯でパスタを茹で、缶詰の焼き鳥を更に盛り付けていく。パスタも缶詰も、俺と萌香ちゃんが持って来た食料の一部だ。

 ちなみに、夕食を準備している間に軽く縛っていただけだった俺の手の傷を、この家に置いてあったらしい救急セットを手にした萌香ちゃんによってしっかりと治療してもらった。至れり尽くせりというやつだ。何故かその間ずっと啓吾に睨まれていたが、まあそれはいいだろう。

 実際に食事が始まった当初は会話が弾むかどうか不安であったが、一樹が場をまわす能力に長けていたこともあり、そんな心配は杞憂に終わった。

 そもそも、世界がこうなる以前とこうなってからの身の上話や、萌香ちゃんをどのようにしてここまで送り届けてきたのか、逆に三人はどのようにしていたのかなど、話のタネが尽きることがなかったのだ。まあ、以前は何をしていたかとかどうしてそんなに強いのかとか聞かれた時は返答に困ったが、適当にごまかしながら乗り切っておいた。

 啓吾だけは終始どこかおもしろくなさそうな顔をしていた。萌香ちゃんが俺が道中でいかに活躍したのかを目を輝かせながら語っているときは、あからさまにより一層不機嫌そうにしていた。分かりやすい奴だ。


 「シュクシャを呼び寄せるシュクシャですか……そんな個体もいるんですね」


 萌香ちゃんの話を聞いた時、一樹が難しそうな顔でそう呟いていた。俺としても、あの謎のシュクシャのことは気になっているところだ。俺はともかく、他の生存者たちにとっては大きな脅威となり得る存在だろう。

 俺達がそんな話をしている間、詩音は時折相槌を打ちながらパクパクと焼き鳥を頬張っていた。無口ではあるが不愛想というわけではなく、会話の流れに合わせて表情はわりとコロコロと変化している。何となく、彼は見ていて面白かった。

 そんなこんなで夜も更けていき、そろそろ帰ろうかとしていた俺に一樹が慌てて待ったをかける。


 「い、今から帰るのですが?いくら隆二さんでもそれは危険ではないでしょうか?今日は泊まっていかれたらどうです?」


 まさかこの暗闇の中帰ると言い出すとは思っていなかったらしく、一樹は心底驚いている様子だった。言われてみれば、普通好き好んでシュクシャがうろつく暗闇の中へ繰り出そうとする奴はいないか。

 俺は一樹の言葉に甘えて、ここで一晩を明かすことに決めた。まさか寝首を掻かれるようなことはないと思いたい。


 「隆二さん、実はこんなものを用意しているんです」


 泊まることを決めた俺に一樹がそう言いながら机に並べ始めたのは、数種類のボトル酒であった。酒にはあまり詳しくないので詳細は分からないが、中々物が良さそうなものにも見える。


 「おっ、いいのかよ一樹」

 「ああ、今日は隆二さんと会えたお祝いだ」


 酒を飲めると知って、ずっと仏頂面だった啓吾が歓喜している。


 「隆二さん、イケる口ですか?」

 「いや、あんまり飲んだことはないな」


 何せ俺は二十歳になったばかりだし、大学が始まってすぐの時期にひきこもり始めてしまったので、そのような機会に恵まれなかったのだ。ひきこもっている時に興味本位で買って飲んでみたくらいである。その時の感想は“あまりおいしくない”だった。


 「でしたら、せっかくの機会ですのでいかがです?当然、僕達もお供しますよ」


 一樹がグラスを持って微笑む。見れば、萌香ちゃんも嬉しそうに並べられている酒を物色していた。

 そうか、萌香ちゃんも酒が飲めるんだよなぁ……。


 「そういうことなら、もらうことにしよう」


 せっかくの誘いだし、挑戦してみていいだろう。ただ、飲み過ぎたりしないようには注意しないとな。

 そんなことを考えながら、俺は目の前のボトルに手を伸ばしたのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る