Q ゾンビの溢れる世界になったらどうする? A ハーレムつくる

加司門テツヤ

Q1  引きこもりが外に出たらどうする?

 俺、葉木芝隆二はきしばりゅうじは引きこもりである。

 引きこもることになってしまった理由は至って単純で、大学の先輩に彼女を寝取られたせいで何もする気力が起きなくなってしまったのだ。


 『もうあなたの顔も見たくないの。だから別れて頂戴』


 高校時代から交際を続けてきた彼女に突然そんなことを言われたのは、大学生活が始まってから半年もしていない頃だった。絵に描いたようなチャラチャラした男に肩を抱かれた彼女はそれだけ言い残すと、わけが分からないまま立ち尽くしている俺を無視してその場を去ってしまったのである。

 そのチャラ男が彼女の所属しているサークルの先輩であることや、もう二人は何度もお互いの家に泊まっているような仲であることを知った俺は深く絶望し、一切の物事が手に付かなくなってしまったのだ。

 大学の授業をサボり、バイトをサボり、友人との交流をサボり……気がつけば完全な引きこもりとなってしまっていた。

 彼女を取られたくらいで何もそこまでと思われるかもしれないが、俺にとってはそれ程までにショックな出来事だったのだ。

 現在の俺は、学校の近くに借りたマンションの一室で何も知らない両親から送られてくる仕送りで生活をしている。もう一年近くこんなことを続けているが、いい加減両親にこの現状をごまかし続けるのも限界だろう。

 いずれくるであろう両親に現状を知られてしまう時への不安。彼らを騙して学費と生活費を払ってもらっている自分への嫌悪感。そして、それ以上にこみ上げてくる世界そのものへの憎しみ。


 「みんな死ねばいい」


 そんな言葉が口癖だった。

 俺を裏切った彼女も、彼女を寝取った男も、俺をさいなむ要因である両親も、呑気な顔を浮かべて道を行き交う見知らぬ人々も、みんな死んでしまえばいいのだ。

 世界そのものへの呪詛を胸に抱きながら、俺は今日も真っ暗な部屋でベッドの中にくるまってスマホを眺めている。

 何をしているのかと言えば、某小説投稿サイトを閲覧しているのだ。こんな腐りきった生活をしている俺の唯一の楽しみが、こうしてウェブ小説を読み漁ることなのである。特に好きなのは、チート能力を駆使して成り上がり、複数のヒロイン達からモテモテになるという、所謂チーレムものというやつだ。

 主人公だけに許された特別な力で功績をあげ、多くの人々からの賞賛とヒロイン達からの好意を手に入れていくその物語に痺れ、そして憧れた。信じていた彼女に裏切られた俺は、多くの異性から揺るぎのない絶対の好意を得ている物語の主人公を羨ましく思っているのだ。


 「俺もこんな風になれれば」


 思わず呟かれるそんな言葉。

 だが、物語の主人公たちと俺を取り巻く環境の差はあまりにも大きく、そんな現実から目を逸らすようにして俺はより一層ウェブ小説にのめり込む日々を送るのだった。









 その日も、俺はいつもと同じようにベッドの上でスマホを眺めていた。


 「……しまった。もうこんな時間か」


 物語に夢中になるあまり、もう日付が変わる様な時刻になっていることにも気が付かなかったらしい。まあ、最早生活リズムも何もないので仕方のないことだろう。問題なのは、晩御飯の配達を店に注文することができないことだ。

 普段、飯は週に一度ほどネットで大量に注文するインスタント食品を消費しながら過ごしているのだが、現在それらが底をついているのだ。その為配達の注文でもしようかと考えていたのだが、この時間ではそれも難しいだろう。


 「コンビニでも行くか」


 極力外に出るのは避けたい俺だが、仕方ないのでそう決意する。少し面倒であるが、空腹には絶えられない。

 丁度いい機会だったので、数日ぶりに風呂に入ってから部屋を出た。しっかりと戸締りをしたことを確認してから、薄暗いマンションの廊下を歩き始める。


 「夜は少しだけ寒いな」


 黒いジャージにサンダルという身軽さ重視の恰好で表に出てきてしまったが、多少の肌寒さを覚える。いつの間にか、すっかり秋に差し掛かっていたらしい。

 もう少し厚着をしてくれば良かったかなんてことを考えながら長い廊下を歩いていき、下の階に降りるための階段へとたどり着く。

 その瞬間、俺は目を大きく見開いた。


 「……は?」


 気がつけば、そんな間抜けな声が漏れていた。

 俺の見下ろしている階段の踊り場は大量のどす黒い何かで染まりきっており、その中央には顔を伏せて俯いている男が立ち尽くしていたのだ。

 これは……血?そうだっ、血だっ!

 踊り場を塗りつぶしているどす黒い何かが血であることに気が付くと同時に、俺はもう一つの信じがたい事実に気が付く。

 中央に立ち尽くしている男のはらわたから、ピンク色の臓物がはみ出していたのだ。

 あまりに衝撃的な光景に、ただ立ち尽くすことしかできない。


 「あ゛あ゛ア゛あ゛ぁ゛ア゛」


 その時、男が不気味な唸り声を上げながらゆっくりとこちらに向かって顔を上げた。

 どう考えても生きていられる状態であるはずのない男の濁った瞳に見つめられ、俺の喉からは意図せずヒュっと音が鳴る。


 「ゴウバァア゛ア˝ァ!」


 その瞬間、男はおぞましい声を上げながら階段を駆け上がって来た。


 「ひっぃ!」


 情けない悲鳴を上げながらも、俺は咄嗟にきびすを返して走り出した。

 何だっ!?

 一体何なんだあれはっ!?

 男は腹からこぼれ出る臓物を辺りにまき散らしながら、異様なまでの前傾姿勢でこちらに向かって走って来ている。

 その姿を目にして失禁しそうになるのを何とかこらえながら、もつれそうになる足を懸命に動かし続けた。

 普段ならば何てことないはずの部屋までの距離が、永遠かと思えるほどに長く感じる。


 「はぁ……はぁ…………っ!」


 まるで何キロもの距離を走り終えた後のような息遣いのままで、俺は自らの部屋の扉に縋りついた。

 ガタッ。

 勢いよく扉を引っ張ってみたものの、それが開かれることはない。


 「そっ、そうだ、鍵っ!」


 慌ててポケットから部屋の鍵を取り出す。


 「くそっ、くそっ」


 男がすぐ傍まで迫って来ているのを感じながらも、手が震えて思うように鍵を挿すことができない。


 「バァッテ゛ェエ゛エェェエェ」


 そんな悍ましい声がすぐ傍で聞こえてくる。

 もう駄目かと思ったその瞬間、ようやく鍵がするりと鍵穴に入り込んだ。ガチャリという音と共に扉を開くと、俺は倒れ込むようにして扉の内側へと回り込む。

 その勢いのままで必死に扉を閉めようとしたその時。


 「ぐあぁぁぁ!」


 これまでに経験したことの無いような鋭い痛みが左手に襲いかかり、思わず大きな悲鳴を上げた。

 ドアノブを掴んでいたその手に、男が噛みついていたのだ。


 「ああぁぁぁっ!!」


 痛みと恐怖で絶叫を上げながらも、俺は無我夢中で男を蹴り飛ばした。

 蹴りをもろに喰らった男は、俺の手の肉を噛み千切りながら後方に後ずさる。

 その一瞬の隙を突き、俺は急いで扉を閉めた。

 震える手で鍵とチェーンを掛けると同時に、外側からドンドンと扉を叩く音が鳴り響く。男が扉を壊そうとしているのだろう。

 扉一枚隔てた向こうにいる男からなるべく距離を取ろうと、俺は這いつくばりながらも部屋の奥へと進んで行く。


 「何だよ……一体、何だってんだよっ!」


 痛みと恐怖で目からは涙が溢れ、ガチガチと歯を鳴らす顎の震えが止まらない。肉を噛み千切られた左手からは、真っ赤な鮮血がドロドロと流れ続けている。


 「き、傷の手当てを……いや、その前に通報をっ」


 手を震わせながらスマートフォンを取り出し、110番へと電話をかける。しかし、繋がらない。二度、三度と試してみても、やはり通話が繋がることはない。


 「ど、どうして……」


 深い絶望の中で、段々と意識が朦朧となっていく。

 血を流しすぎたのか?いや、そこまでの出血量じゃないはずだ。だったら、どうして。

 ぼやけていく視界の中でそんなことを考えてみても、落ちてくる瞼の重みに抗うことができない。


 「ぁぁ……」


 左手から感じる痛みと、ドンドンとドアが叩きつけられる音から感じる恐怖に苛まれながら、俺はゆっくりとその意識を手放した。



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