21回目の告白

GK506

21回目の告白

 『あんた、一体どういうメンタルしてるのよ?』


 高校のクラスメイト、真中まなか美玖みくが猫の様なくりっとした目で俺を睨み付ける。


 『それは、どういう意味かな?』


 『言葉通りの意味よ。性懲りもなく私を放課後に体育館裏に呼び出すあんたは、一体どういうメンタルしてるのかって聞いてるの』


 怒りの表情を浮かべる真中美玖のあまりの可愛さに、俺は正気を失いそうになるけれど、なんとかこらえた。


 『別に、放課後に女の子を体育館裏に呼び出すなんて普通の事だろう?メンタルの強弱なんて関係ない』


 『放課後に女の子を体育館裏に呼び出すのは普通じゃないし、あんたは私に20回も振られてるのに、何でまた体育館裏に呼び出したりするのよ?』


 『女の子を放課後に体育館裏に呼び出す理由なんて、一つしかないだろう?』


 格好良くウインクを決めた所で、俺の鳩尾みぞおちにとんでもない衝撃がはしった。


 『ゔぅ~ん。きもちい……、いやっ、腰の入ったいぃ~いパンチだ。体の奥にずしりと響くよ』


 うずくまる俺を見下ろす真中は、まるで生ゴミでも見るかの様な目を俺に向けてくる。


 その氷の様に冷たい視線に、俺は得も言われぬ快感を覚えた。


 『あんた、また私に告白するつもりなんでしょ?』


 『だとしたら、どうする?』


 またしても鳩尾にとんでもない衝撃が走る。


 『もう迷惑だから、いい加減、体育館裏に呼び出すのやめてよ』


 『確かに俺は、しつこく君を体育館裏に呼び出すが、しかし、嫌ならば来なければいいじゃないか。ここへやって来るという事は、君もまんざらではないという事だろう?ふふん?』


 またしても鳩尾に衝撃。


 寸分違すんぶんたがわず同じ場所に正確に打ち込まれる真中のパンチが、俺の快感をさらに高める。


 『私が体育館裏に来なかったら、あんた授業中も休み時間も、ずっと私の名前を呼びながら泣き喚くじゃないの。恥ずかしくって仕方がないから、しょうがなくあんたの呼び出しに応じてあげてるのよ』


 真中は相変わらずの生ゴミを見る様な目を俺に向ける。


 『もういい加減、私の事は諦めてくれない?他にも可愛い子なんていくらでもいるじゃないの?なんで私なのよ』


 『そんなの決まってるだろう?』


 俺が彼女にこだわる理由、それは、


 『なんとなくだよ』


 またしても鳩尾に衝撃が走る。


 鳩尾って、確か人間の急所だよね?


 こんなに連続して強烈なパンチをお見舞いされたら、俺、天に召されちゃうんじゃないの?


 でもまぁ、愛する女のパンチで召されるのなら、それは一つの幸せの形なのかもしれない。


 『じゃあ諦めろや!!』


 『諦めないっ!!』


 『なんでよっ?』


 困惑の表情を浮かべる真中美玖に、俺は答える。


 『だから、なんとなくだって』


 『おめぇ、マジでやべぇ奴だな』


 吐き捨てる様な真中の言葉に、俺の心は喜びを禁じ得ない。


 『なんとなくというのは、とても大切な感情だと思うんだ』


 運命だとか、遺伝子だとか、そんなありきたりなもので、君への想いが語れるのなら、君に初めて振られたあの日に、俺は君を諦めていただろう。


 『俺さぁ、毎朝豆乳を飲むんだよ、無調整のやつ。別に、健康に気を遣ってるだとか、味が好きだからとか、そういう理由がある訳じゃなくてさ、ただなんとなく飲んでるんだ』


 俺は最近思う。


 好きだとか、愛してるだとかいう強い気持ちは、時の経過と共に風化して、いずれ跡形もなく消え去ってしまうのだろう。


 だけど、【なんとなく】はけして風化する事も消えてしまう事もない。


 だって、【なんとなく】はどこまでいっても【なんとなく】なんだから。


 だから俺は、【なんとなく】を心の底から信じている。


 だから、俺がなんとなく愛した女、真中美玖を、俺は絶対に諦める事なんて出来ないのだ。


 『だから俺は、毎朝君と無調整豆乳が飲みたいんだ』


 俺は胸の奥にほとばしる熱い想いを、言葉に乗せて吐き出した。


 『真中美玖さん。俺と付き合って下さい』


 なんとなくを信じて、俺は彼女に21回目の愛の告白をした。


 フッと軽く息を吐き出した後で、優しい微笑を浮かべた真中は、


 『ごめんなさい。無理です』


 と言って、俺に背を向けると、体育館裏を後にした。


 21回目もダメだった。


 でも俺は絶対に真中美玖を諦めない。


 だって俺は、なんとなく彼女を愛しているのだから。


         おわり


 

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