価値
大塚
第1話
はい、人を死なせました。去年の夏のことです。
映画を撮っていました。わたし、映画監督なんです。あの感染症の影響でスケジュールがどんどん後ろ倒しになっていって、あの8月のあの1週間しかキャストとスタッフ全員が揃うタイミングがなかったんです。
人殺しのシーンでした。主人公の男性が殺人を犯す……シナリオの中でも特別大事なシーンです。それなんですが、その、殺される人には別に役名もなくて、まあなんていうか所謂モブで、ほんとだったらエキストラ募集とかその手のチョイ役を引き受けてくれる役者さんを探すところだったんですけど、さっきも言ったけど感染症の影響で……だから、現場の近くに住んでたそのー、路上生活者の人にお金を渡して出演してもらうことにしたんです。もちろんそれなりに大金を渡しましたよ、演技してもらうわけだし。相手の男性もふたつ返事で引き受けてくれました。
……で、そうです。主演の子が、首を絞めすぎてしまったんです。すぐ救急車を呼ぼうとしました。わたしは呼ぼうとしたんです。でも助監督の
死体を埋めようって言い出したのは……杉山くんです。責任転嫁とかじゃないです、ほんとなんです。杉山くんの実家は撮影現場のすぐ近くで、なんていうかお金持ちで、その、山を持ってて、その山に埋めればバレないからって、大丈夫だからって。故意じゃなかったとはいえ人間がひとり死んでるってバレたら撮影どころじゃなくなるし、最悪芹井くん主演で進めることも不可能になるからって、それはたしかにその通りだから……。東京から脚本の
これって犯罪ですよね。分かってます。殺人と死体遺棄? になるんですか? 分かってますよ。でも、どうしても映画を完成させたかったっていうわたしたちの気持ちはどうなるんですか? ホームレスの人が死んだからってわたしたちの映画はお蔵にならなきゃいけないんですか? 芹井くんだってわざとやったんじゃないんです。芹井
それ以外にはこれといった事故もなく、撮影は無事終了しました。編集も年内に終わらせて、年明けに劇場公開することができました。全国のシネコンで一斉公開というわけにはいかなかったけど、芹井煌主演作品っていうことで結構いろんな場所で上映してもらえてありがたかったです。SNSでの評判も上々だったし……老舗の映画雑誌の星取表にも載ったんですよ。
だから、別に、埋めて良かったとか思ってるわけじゃないです。開き直りじゃないですよ。ただ、不幸な事故だったっていうことでどうにか、あのおじさんをちゃんと弔ってあげた方がいいんじゃないかなって……そう思って杉山くんに声をかけたんです。「掘り返すの? 正気?」って杉山くんは笑ってましたが、最終的には付き合ってくれました。杉山家の持ち山? だからわたしや他のスタッフが勝手に入るわけにはいかないですしね。
それで先月あの8月に死体を埋めた現場に行って……掘り返したんです。杉山くんとふたりで。埋める時は4人だったのが半分になってるわけだから時間はかかりましたけど、たしかにわたしたちはそこに埋めたはずだったんです。でも、いくら掘っても掘っても死体は出てこなかった。骨はもちろん、その時おじさんが着てた衣裳の欠片すら見つけられなかったんです。
場所を間違えたのかと思い、杉山くんとわたしは一晩中山の中を走り回りました。でもどこにも、おじさんはいませんでした。「野犬か熊に食われたのかな」と杉山くんは言っていました。どこか他人事みたいな口調が少しだけ気になりました。
これ、わたしたち、ううん、わたしはいったい何の罪に問われるんですか? 死体遺棄? 死体がないのに? ていうか死体は本当にどこに行ってしまったんでしょう。そればかりが気になって、わたし……。
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